魔王じゃないもんっ!
「第2話 魔界じゃないもんっ!」


−4−

 ゆっくり歩いてもあっと言う間に学校に着いてしまう距離。しかし、そのわずかな間で必ず声をかけてきてくれる友人がいる。
「おはようっ!」
「おはよう真央ちゃん」
 いつもこの時間に家の前まで来てくれる二人組み。二人が真央の家の前に寄るのは遠回りでしかないのだが、大の仲良しである三人はそんなことを気にしない。
「おはよう、ひとみん。かっつんこ」
「真央、なんだか今日ご機嫌じゃない?」
 真央の顔を覗きこんで言うシャギーのかかったロングヘアの女の子は香月蘭子(かづきらんこ)。通称「かっつんこ」。少し吊り目の活発な女の子だが、小学5年生にしては成長が遅いようで、背は低めであり、女性らしい成長も見られない。
 さらに成長が遅い真央よりは背が高いが。
「あ、もしかして赤ちゃんが生まれたの?」
 最近の会話から推測するボブカットの女の子が丘ひとみ。通称「ひとみん」。垂れ目気味で大人しい印象を受ける。こちらは少し成長が早いようで、背は「まえならえ」で腰に手を当てる真央よりも頭ひとつ分ぐらい大きい。そして胸には女性らしい成長も見られるため、体育の授業のときは男子からいやらしい目で見られることもしばしばだ。
 蘭子とひとみは正反対な印象があるが、だからこそお互い補うような形でうまくいっている。
「う、うん。生まれたよ。男の子だった」
 ひとみの問いに一瞬詰まってしまう。
 確かに生まれたが、そんなことは小さなことだと思えるほど色々なことがありすぎた。
「ホントー!?」
「かわいい? やっぱかわいい?」
 目をキラキラと輝かせて聞いてくる二人。
「そりゃあもうかわいいよぉ〜」
 戸惑いを隠せない真央だったが、かわいいというキーワードにBBの愛らしさを思い出し、真央もお目々キラキラモードへと突入する。
「そうそう、手とかもすっごくちっちゃいのにちゃんと5本あってね。
 それよりなにより笑顔なの〜……。
 もうかわいくってかわいくって」
 二人の質問に意気揚々と応える真央は終始ご機嫌だ。
 しかし、その時間は長く続かなかった。
「真央〜♪」
 学校の友達と会ったことにより、日常に戻れた気分だったのだろう。
 だからその声を聞いたときは心臓が跳ね上がり、冷や汗がとめどなく流れ始めた。
「えーと?」
 真央の名を呼びながら近づいてくる、童顔で背の低いスーツ姿の男に戸惑うひとみと蘭子。
 その表情は、真央に説明を求めている。
「えとね。お兄ちゃん……」
 こうなるともう逃げ場は無い。真央は躊躇いがちに翔太を二人に紹介する。
 なお、さきほど魔王の杖で空の彼方に飛ばしたばかりだが、例のごとく傷ひとつ無い。
「ええっ!?」
 友人たちは声をハモらせて驚きの声をあげる。
「どうも、真央の兄の翔太です。
 いままで外国にいたのですが、昨日から一緒に暮らすことになりました」
 今までの翔太からは考えられないようなまともなことを喋り出し、真央はほっと一息。外国にいたというのも気が利いている。
 何より最後に見せた笑顔は、もとの顔の作りのよさも手伝って眩い光を放たんばかりの爽やかさがあった。
 とりあえず、朝から妹をはだかエプロン姿にするヘンタイだとは思われることはないだろう。
「はじめましてお兄さん。丘ひとみです」
「アタシは香月蘭子。かっつんこって呼ばれてます」
 少しかしこまっての自己紹介。そんな二人に対して、翔太はさきほどより爽やかさ五割増しの笑顔を浮かべる。
「ふふ、真央にはこんなかわいい友達がいるんだね」
 ヘンタイの兄がいると思われることは回避できたが、二人が顔を赤らめているのを見て別の心配が生まれる。これはこれで問題だ。
「あははは、お兄ちゃん。
 私、もう学校行くからね。ひとみんもかっつんこも急ごう」
「お兄さん、それじゃあまた」
「うん、いってらっしゃい」
 翔太は二人の手を引いて学校へと向かう真央に手を振って見送る。
 そんな翔太に二人の好感度は急上昇。
「ちょ、ちょっと、素敵なお兄さんじゃんっ!」
「……う、うん。あの金髪とかすごくきれい……。でも真央のお父さんもお母さんも金髪じゃなかったよね」
 当然学校までの会話は翔太のことになる。
「うん、お父さんの前の奥さんが金髪だったんだと思うよ」
「え……それって……」
 頭の回転の速いひとみは事情を飲み込み言葉に詰まる。
「前の奥さん?」
 対して蘭子は会話から事情を読み取るようなことが苦手である。率直に聞いてしまうが、すぐにひとみに耳打ちされて「あっ」と声をあげて申し訳なさそうな顔をした。
 前妻の子供であれば、今まで外国にいたことも、真央が兄の存在を今まで自分たちに話さなかったことも納得できる。
「あはは、そんな気を遣わなくていいよ。
 えーとね。実はお兄ちゃんだけじゃなくておねえちゃんもできたんだよ」
 魔界の住人だということはさすがに話せなかったが、自分に兄だけでなく姉もできたことを打ち明ける。
「そっか、真央はお兄ちゃんもお姉ちゃんも欲しがってたよね。良かったじゃん」
 笑顔で肩を叩く蘭子。
「いきなり家族が増えて混乱したりとかしてない?」
 真央を気遣うひとみ。
 そんな二人に、真央はかけがえのない友情のようなものを感じ、それが少しだけくすぐったかった。


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