魔王じゃないもんっ!
「第2話 魔界じゃないもんっ!」


−3−

 真央の家から学校までは歩いて5分もかからない。
 にもかかわらず真央は朝六時に起床し、朝食の準備をして、朝食を済ましたあとは、後片付けまでをやる。
 そこまでするのに一時間半程度。
 八時半までに学校に着けばいいことを考えると、一時間近く余裕がある。真央はいつも、新聞を読んだりニュース番組を見たりと学校までの時間をゆったりと過ごすのだった。
 なぜ、ゆっくり寝ていないのかと言われれば、母親の蓮子が早起きだったからだろう。いつも七時前には食事ができており、それが日常だった。蓮子が入院している今も、その習慣を変えるつもりは無い。
 そこにはいつ帰ってきてもいいように、という気持ちも含まれていた。
「真央、今日家に帰ってきたのはプレゼントがあるからなんだ」
 リビングでくつろいでいる真央に話しかけるアスラ。
「え? ホント?」
 顔を綻ばせる真央だが、目の前に置かれたその物体を前に言葉を失う。
 それは杖だった。長さ一メートル程度だろうか。それよりなにより杖の先についているオブジェが問題であろう。シルクハットをかぶったドクロなのだ。

 ……これをどうしろと?

 真央は心の中で思わず呟く。
「これは魔王の杖。
 魔界の技術の粋を集めた唯一無二の存在。
 持っているだけで対魔法効果があり、この杖の一撃は、例え真央が振ったとしても、パパのゲンコツ並みの威力が出るんだ」
 杖について説明をするアスラだが、真央の方はさらに困惑するだけだ。
「う、うん。でも私には……」
「これはお守りだ。
 これを持っていれば、翔太にいきなり服を変えられるようなこともなくなる」
 アスラに言われて朝のことを思い出す。確かに毎朝あんな格好にさせられたらたまったものではない。
「これで魔法は防げるが、物理的なことをされたらフルスウィングでぶっ飛ばしてかまわんからな」
「そ、そんなぁ。お兄ちゃんにそんなことできないよ」
「真央は優しいなぁお兄ちゃん感激だよ」

 にょるん。

 そんな擬音がしっくり来るような現れ方をする翔太。
 ちなみに「にょるん」は巻きつく音であり、翔太は真央に巻きついている。

「いやあぁ!」

 スパコーンッ!

 突然の出来事に無意識のうちに杖をとり、兄をフルスウィングでぶっ飛ばす。
 魔王の杖の一撃を受けた翔太は、天井を突き抜け、空の彼方へ飛んでいった。
「あ……」
 真央は、その予想以上の威力に呆然としている。
「ああ、あとな。その杖が要因で壊れたものに関しては修復することができる。
 その杖はある程度の言語を理解することができるから、命じれば大丈夫だ。やってごらん?」
「え、え、うん。
 えと、天井……直してくれるかな?」
 ドクロのオブジェがコクコクと頷くとともに修復されていく天井。
「すごい……!
 ……って、それよりお兄ちゃんだよっ! 大丈夫なの?」
「大丈夫。あいつは丈夫だから」
 焦る真央とは対照的に、アスラは気にも留めていないようだ。
「うんうん。お兄ちゃんはあのぐらいじゃ死んだりしないゾ」
「ええっ!?」
 心配をよそにいつの間にか戻ってきている翔太に驚きを隠せない。外傷なども見当たらず、平然とソファーでくつろいでいた。
 なんというか。この杖も兄も何もかもメチャクチャだ。
 それに魔法の力というのだろうか。魔界の力を使えばなんだってできそうである。
「……あ!
 ねぇパパ! 魔法の力でママを元気するってできないのっ!?」
 そして、名案とばかりに目を輝かせて訴えた。しかしアスラは静かに首を振る。
「魔法や魔族の常人を超えた力は、因果関係に誤差を生じさせて引き起こすものでね。
 誤差のキャンセルは比較的容易だ。だからBBが壊した病院や、魔法の杖の攻撃で壊した家の屋根は修復ができる。たとえ死んだとしても、それが魔法の力によるもので、因果関係の誤差が定着してしまう前なら生き返らせることだってできる。
 でも、病気やケガを治すのは難しいんだ。相当器用でなければできないし、起こせたとしても因果関係が定着しにくい」
 小学生の真央には難しい説明だったが、その難しさゆえ、母の病気を魔法で治すのは難しいことはわかった。
「そっかぁ……」
「桜花は魔法なんて無くたってすぐに良くなるさ」
 気を落とす真央に、いつものように指の腹で頭を撫でてやった。
「ボクもボクも」
 今日はそれに兄が加わる。
「ひっ……」
 しかし兄が撫でたのは頭ではなく胸だ。

 スパコーンッ!

 再び魔王の杖が振りぬかれ、飛んでいく兄。流れ作業で魔法の杖で天井を修復する真央。
「便利だろ?」
 確かに、こんな非常識な兄と暮らすのであれば、この杖は必須アイテムと言えた。
「でも、これを持ち歩くのはちょっと」
「大丈夫だ。ここのボタンを押せば……」
 真央の常識的な言葉に応えるように、杖がボンッと音を立てて指輪に変わる。
「わ、すごい……」
「これなら持ち歩けるだろう?」
 確かに持ち歩くことは容易になったが、デザインはドクロのままだ。
「う、うん」
 しかしアスラの自慢げな笑顔に、真央は微笑みを返すしかなかった。
「うんうん。あ、そろそろ学校に行ったほうがいいんじゃないか?」
「あ、そうだね」
 時計を見ると八時十五分。予鈴が鳴る二十五分までに余裕をもって着くなら、今ぐらいに出るのが丁度いい。真央は制服の上にカーディガンをかけ、ランドセルを背負った。
「パパはまた魔界に戻らないといけないから、またしばらくお別れだな。
 魔王の杖を手放しちゃダメだぞ。翔太だけじゃなく、魔王の娘ってことで狙われないとも限らないからな」
 ……このアクセサリーは常時つけなきゃいけないのか。
「うん、ありがとう。パパもお仕事がんばってね。
 いってきます!」
 そんな思考を抑え込み、笑顔で家を出る。
「いってらっしゃい」
 笑顔で送りだすアスラ。
 忘れてもらっては困るが、アスラは魔王でありその外見もそれに見合った恐ろしさがあるからして、その笑顔は必要以上に怖い。
 しかし、久しぶりの賑やかな朝と、大好きな父親に送り出された真央は、ご機嫌で学校へと歩き出した。



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