魔王じゃないもんっ!
「第1話 魔王じゃないもんっ!」

−7−

 物思いに耽っているうちに自宅の前に立っていた。
 真央の家は普通の民家とは言えないほど大きい。二階建てだが面積が広く、大広間があったり、その大広間にはシャンデリアがあったりと、いわゆる洋館なのだ。
 友達がこの家に遊びにいきたときは漏れなく「お金持ち」と言われる。
 だが真央自身は、これほど大きな家にいても、ほとんど蓮子と二人きりなのにこの広さは寂しいという印象しか持っていなかった。

「………………」

 自分の父親はインドでホテルを経営していると認識しているが、実際のところはどうなんだろう。
 魔王なのに働いているのだろうか?
 魔王と言うからには、人からものを奪って私腹を肥やしているのかもしれない。
 そう考えると、自分の家がなんだか不気味なものに見えてくる。
 それでもここは真央の家であり、真央はここ以外に帰る場所が無い。

「……ただいま」

 しばらく蓮子が病院にいたため、誰もいない家に帰っていたのだが、誰もいないとわかっていても、元気に「ただいま」を言っていた。
 しかし今日はそれもできない。

「おかえり」

 その落ち込んだ「ただいま」に、返事が返ってくる。
 低くて野太くて、ずっしりと響く声。でも、その中に確かな優しさをいつも感じていた。
 大広間にアスラが立って待っている。
 破れたスーツもターバンも元通り。いつもどおりのアスラだった。

「…………っ」

 何か言いかけて言葉に詰まる真央。アスラはどの言葉が詰まったのか、直感的にわかった。

 パパ。

 真央はいつも自分をそう呼んでくれた。仕方ないことだと頭ではわかっていたが、やはりどうしようもなく寂しかった。
 真央の方も、アスラが表情を曇らせたのが自分に原因があることがすぐにわかった。
 気まずい空気。
 真央はランドセルを背負ったまま立ち尽くすしかなかった。

「……ママからどこまで聞いた?」

 ゆっくりと、自分を落ち着かせるように目をつぶって問いかける。

「パパ……が……魔王だって……」

 消え入りそうなその返答を聞くと、アスラは視線を泳がせた。
 そして、次の言葉に奥歯を噛み締める。

「……本当……なの?」

 この世界には魔界という異世界が存在し、魔族は実在し、そこを統べる魔王はアスラであった。
 ……いつか、話すつもりだった。

「……ごめん……な、ごめんな真央」

 肯定より先に謝罪の言葉が先に口から出てくる。
 いつも明るく元気だった真央の瞳が悲しみに揺れる姿に、アスラはその一点しか思い浮かばなかった。

「パパが魔王なばっかりに……」

 大きな体が少しだけ小さくなる。アスラは膝を折っていた。
 それを見た真央は、胸が苦しくなった。

 辛い。

 自分の父親が魔王だったからではない。
 これまで信じてきたものが揺らいだからではない。

「……魔王じゃないもん」

 大好きな父親が苦しんでいる姿が、こんなにも辛い。

「魔王じゃないもんっ!」

 アスラに駆け寄り、その大きな身体にしがみつく。

「パパはパパだもん。真央にとっては、パパは魔王じゃなくて、大好きなパパだもん……」

 アスラが普通の人間でなくても、大好きなのは変わらない。魔王であることを知っても、今までの優しい父親の記憶が消えるわけではない。
 他のいっさいがどうでもよくなるぐらい、真央はアスラが大好きで、アスラが悲しむ姿は見たくなかった。

「ま、真央……」

 娘の優しい言葉に自然と涙が溢れ、否応にも感情が高ぶる。

「うぉぉおぉおおおおおおん!」

 アスラは魔王である。

 その泣き声は、真央を気絶させ、屋敷に数箇所のヒビを入れる破壊力があってもなんらおかしくはなかった。



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