魔王じゃないもんっ!
「第1話 魔王じゃないもんっ!」

−8−

「う、うん……」
 小さく呻いてから目を開けば見慣
れた天井。
 身体を包んでいるのは自分になじんだ布団。真央は自分の部屋で横になっていることをぼんやりと認識する。
 そんな意識がまだはっきりとしていない真央の目の前に、ありえないものが横切った。

「あぶぅあぶぅ」

 浮いている赤ん坊。
 その異常な光景に思い出される記憶。
 ついさっき、この赤ん坊は目からビームを出し、口から炎を吐いたのだ。
 真央は勢いをつけて半身を起こし、警戒のまなざしを向ける。

 コンコン……。

「ひっ……」

 そんな中の突然の物音に、小さく悲鳴をあげる真央。しかしすぐにそれがノックの音だと気が付き、深呼吸してノックに応じた。

「誰?」

「パパだよ。もう起きてたんだね。今、入っても平気かな?」

 ドアの向こうから聞こえてくる聞き慣れた声。

「うん大丈夫」

 自分の弟は言え、二人で部屋にいるには危険としか言いようがない。だから父親の来訪は大歓迎だった。

「お邪魔するよ。……って、どうししたんだいそんな怖い顔して」

 父親が部屋に入っても警戒を怠らない真央の顔に、アスラは少し動揺するが、視線の先の存在に気が付き、その理由を理解する。

「あの子ならもう大丈夫。
 封魔の腕輪に足輪に首飾り。さらにイヤリング。魔力を抑えるありったけの魔道具をつけてある。
 できるのは浮遊ぐらいだ。もうビームを出したり火を吐いたりはできないから安心していい」

 聞き馴れない単語が多く、理解に苦しんだが、とりあえず弟に危険がなくなったことはわかり、ホッと胸をなでおろした。
 そんな真央の様子を察してか、ふよふよとゆっくりと近づいてくる弟。
 少しだけ不安になるが、自分の目の前にきてじっと見つめてくるその愛くるしい顔に、真央の顔も自然と笑顔になる。

「きゃっきゃっ」

 それに呼応するように笑う弟。

「…………!!」

 赤ん坊の笑顔は、極上の宝玉よりも人を幸福にするなんてことを言ったのは誰であっただろうか。

「あぅあうぁぅあぅあぅぁ……」

 いや、もうそんなことはどうでもよく、目の前の笑顔に真央の表情は一気に綻び、意味不明の呻きが口から漏れ始めた。
 頬の筋肉はいっきに緩みきり、目尻がトロンと垂れ下がったその瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「パパァ……カワイ過ぎるよぉ……死んじゃうよぉ……」

 真央は軽く全身を痙攣させながら、恐る恐る抱き締めて必死で訴えた。
 その笑顔に釣られるように笑顔を見せるアスラだが、すぐに厳しい表情になる。

「真央、聞いてくれ」

 真央の表情は緩みきっていたが、空気を察して顔を引き締めた。抱き締めていた手が少し緩んだせいか、赤ん坊は再びプカプカと部屋を遊泳し始めている。

「……魔法のアイテムで魔力を抑えているとはいえ、いつまた暴走するかわからない。
 パパがずっと家にいられればそれに越したことは無いんだが、魔王という立場もあってそうもいかないんだ。
 ……ママも人の身で魔族の力を持つ子を産んだせいか体力が落ちていて、しばらくは病院で休養が必要みたいだし」

「マ、ママが……」

 話の内容に加えて母親の体調不良を告げられた真央は、一気に顔色を失う。
 アスラはすぐに「一時的なものだから心配ない」と、真央をひとまず安心させた。

「それよりも当面の問題はこの子だ。この子の力が暴走した時、止められる力を持つ存在が近くにいる必要がある」

 真面目な顔で話を聞いている真央に、アスラはこれから話す内容を考えると少し気が重かった。

「……それで、真央のお兄さんとお姉さんをこの家に呼ぼうと思うんだが」

「お、お兄さんとお姉さん!?」

 ずっと一人っ子だと思っていた真央にとっては完全に予想外の言葉。

「パパの……死んでしまった昔の奥さんとの子供で、パパと同じ魔族なんだが……」

 言いにくそうに声をくぐもらせ、恐る恐る真央の反応を見るアスラ。それに対して真央はにっこりと笑って見せた。

「パパは魔王だし、弟は浮いたりビーム出すし……。
 もう魔族の兄姉がいたぐらいじゃ驚かないよ」

 娘の気丈なその言葉に、アスラはうっかり涙をこぼしそうになる。

「それにね……。
 ずっと一人っ子だったから兄弟がずっと欲しかったの。それが今日は一気に三人も増えて幸せだよ」

 続くその言葉によって、少し前から潜んでいた存在の感情も一気に高まった。

「真央ぉぉぉぉぉ! お兄ちゃんもこんな可愛い妹と出会えて幸せだぁぁああああ!!」

 それは本当に一瞬の出来事。
 窓が開け放たれるとともに飛び込んできた男に抱き締められほおずりされた。
 真央は、そのあまりにも突然のことに悲鳴もあげられない。
 突然現れた男は艶やかな黄金の髪を持ち、小柄で随分幼い顔をして、美少年という言葉がぴったりだが、スーツをビシッと着こなしており、それが学生ではないと感じさせていた。

「お、お兄様……ま、待って」

 続いて女が同じく窓から部屋に入ってくる。
 最初に現れた男よりも頭一つぶんぐらい背が高く、それに似合ったスタイルを持つ美しい女だった。ソバージュのかかった栗色の髪は男に負けないぐらい艶やかである。
 その外見とは裏腹に、口調や態度は随分と小さくまとまっていた。

「ああ、なんて可愛いんだ!
 いや、可愛いなんてもんじゃない!
 可愛いの上位に位置するというキャワイイという言葉さえ色褪せるほどキャワイイぞぅ真央〜」
 真央は激しい頬ずりに硬直していたが、男がはやめる気配がなく、女はその様子にオロオロとするばかりである。

「いい加減にしろ」

 それを見かねたアスラが、野太い声で一喝するとともに男に張り手を決める。
 ボクンと言う鈍い音がしたと思った次の瞬間、男は部屋の壁に頭を突き刺さしていた。

「は、ははは……魔王様。あまりのキャワイさ我を忘れてしまったのですよ」

 ゆっくりと突き刺さっていた頭を抜き取り、愛想笑いを浮かべる男。首が変な方向に曲がっていたが、コキコキと鳴らすとすぐに元に戻っていた。

「あ、あ……」

 真央はそのやりとりに唖然とする。同時に、弟のビームと同じような非現実的な臭いを感じ取り、なんとなく理解した。

「お兄ちゃんと……お姉ちゃん?」

「そうだよぉぉぉ! 真央〜!」

 お兄ちゃんと呼ばれたことにより、男の感情が再び盛り上がり、真央めがけて飛んでいく男。

「少し落ち着け」

 しかし、今度アスラの手に阻まれる。
 ビタンと言う痛そうな音が部屋に響き渡り、男は崩れ落ちた。

「お、お姉ちゃん……私がお姉ちゃん……」

 女の方は兄ほど大きなリアクションを見せていないが、顔を真っ赤にして浸るように何度も同じ言葉を繰り返していた。

「……二人とも性格には問題があるが、能力は私に継ぐものを持っている。
 この子が暴走したときはこの二人が止めてくれるはずだ」

 アスラは崩れ落ちた真央の兄だという男の襟首を掴んで持ち上げる。

「バッチリお兄ちゃんが守ってあげるから安心しろよっ!」

 かなり強烈な張り手を顔面に受けたはずなのに、平然とウィンクをする兄。

「う、うん……」

「あ、あの……よろしく……ね、真央……ちゃん」

 それに続いてナイスなバディをくねらせながら、顔を赤らめる姉。

「よ、よろしくね」

 真央はその様子に不安を抱き、引きつった笑顔しかすることができなかった。



 魔王だった父親。

 前妻の息子と娘である魔族の兄と姉。
 そして魔力を持って生まれてきた弟。

 平穏だった真央の日常は、この日を境に一変する。






第1話 魔王じゃないもんっ! 完









次回予告
 真央です。

 一気にお兄ちゃんとお姉ちゃんと弟ができちゃいました。
 嬉しいことは嬉しいんだけど……。
 魔族なせいか、お兄ちゃんもお姉ちゃんもちょっと変。
 赤ちゃんは可愛いけど……やっぱりぷかぷか浮かれると落ち着かないよぅ。
 あー、これからどうなっちゃうんだろう。

 そんなこんなで次回の『魔王じゃないもんっ!』第2話「魔界じゃないもんっ!」。

 また真央のお家に遊びに来てね♪

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