魔王じゃないもんっ!
「第10話 聖夜じゃないもんっ!」
−9−
クリスマスイブ。 終業式を明日に控えたその日、授業は午前で終わる。 真央は予約した料理の材料を受け取り、大きな買い物袋を抱えて家へと帰ってきた。 期待を込めてカギを開け、家のドアを開く。 しかし家は出た時と同じ、暗いままだった。 重い荷物がさらに重くなるのを感じ、足元がふらつくが、なんとか踏ん張った。 パーティの準備をしなくちゃ。 料理の材料は無駄にできないし、みんなが帰ってきたときに何もなかったらがっかりする。 信じるって決めたんだ。 クリスマスは家族で過ごす特別な日になるって信じるんだ。 自分にできることをするんだ。 さぁ作るのものはたくさんある。 まずはカレー。 カレーショップで調合してもらったスパイスで数種類のカレーを作って、オーブンでナンを焼く。ごはんはサフランを入れて炊いた黄色いご飯。 カレーは翔太の好物。 いろいろなものに興味をもつ性格を満たせるように、できるだけたくさんの味を用意するのだ。 ケーキも自分で焼く。 クリスマスに定番のノエルと、いちごのショートケーキ。 甘さ控えめが主流の世の中に逆らって、目一杯甘くしよう。甘いものが大好きな姉が喜ぶように。 あと、パンも焼いてみる。 食べるというよりは食卓に花を添える意味が強い。 アンパラディンのキャラクターを模したパンを焼いたら、何も食べないシュヴァルツも少しは楽しんでくれるだろう。 まだミルクしか飲まない天駆のためには、哺乳瓶をクリスマス風に装飾して目で楽しんでもらう。 もちろんクリスマスの定番、七面鳥だってまるまる一匹焼くし、サラダもわざわざ買ってきた大皿を使って、いつも以上に豊富な種類の野菜を使って楽しげに。いつもは面倒であまりやらない飾り包丁も、この日は惜しみ無く。 特別な日と感じられる日になるように。楽しい楽しい一日になるように。 新しく家族になったみんなとの絆を感じられるように。 何も無かったテーブルの上に思い描いた料理が並んでいく。 夕飯はいつも18時ぐらい、それまでには完成させないと。真央は17時を回った時計を見ながら、手を早める。 シュヴァルツのために焼いたパン。 弟のために飾り付けた哺乳瓶。 姉のために焼いたケーキ。 兄のために作ったカレー。 テーブルがどんどん賑やかに飾られていく。しかし、テーブルが賑やかになればなるほど、真央の心は沈んでいった。 もういいよ? 帰ってきてもいいよ? 準備はできてるよ? そして、とうとうテーブルにすべての料理が並んだ。 けれどここには誰もいない。 真央一人しかいない。 せりあがってくる悲しみが熱い。胸を焦がし、喉を枯らし、目を燃やす。 ガチャ。 熱くなっていく目頭が臨界点を突破しそうなその瞬間、家のドアが開く。 「ただいま」 そして続く声に、真央は滲んだ視界のままドアから現れる人影を見た。 「パ、パパッ!?」 滲んでいたとしても見間違うはずがない。こんな大きな人影は他に存在しない。 現れた人影の正体は、来ないと思っていたアスラだった。 「あぶぅあぶぅ」 その大きな手には、弟の姿もある。 「どうして? どうして!? なんで!?」 予想外の人物に、真央は興奮を隠せない。 信じて良かった。 まさかパパと過ごせるなんて思わなかった。 「お兄ちゃんは? お姉ちゃんは? シュヴァちゃんは? 一緒なんでしょ?」 真央は大きな人影に隠れているのかと、はしゃぐようにアスラの後ろに回りこむ。 しかし期待していたものは無く、開いたままの扉からは冷たい風が差し込むのみだった。 「一緒じゃないんだ」 「え?」 重く響く声。 「翔太のヤツが私を仕事から解放してくれたんだ。 『自分がなんとかするから、家族で過ごしたいっていう真央の願いを叶えてください』と言ってな」 アスラの言葉に思考が止まる。 家族で過ごしたい。 確かにそう願ったのをしっかり覚えていたから。 そう願って頑張っていたんだから忘れるはずもない。 ……家族。 「色香もシュヴァルツもその手伝いをしているらしい」 それって。 実の父親、同じ両親から生まれた弟。 間違いなく、家族と呼べる目の前の二人。 だから? 翔太も色香も別の母親から生まれた存在で、魔族の両親を持つ生粋の魔族で。 だからって? 家族で過ごしたい。 自分は願った。 そして、確かに願いは叶ったと言えるかもしれない。 だけど。 アスラの来訪に踊った胸、乾いてしまった涙。それがひとまわりもふたまわりも大きくなって襲いかかる。 たしかに、アスラの代わりを務めるためには、次元の歪みを自ら発生させる力が必要となる。翔太は魔界ナンバー2の実力者であり、その力も備わっている。 だから、アスラをクリスマスの夜に帰らせることができる。 それはある意味、家族で過ごしたいという願いをかなえることができるということだ。 しかし、それは自分と引き換えだ。 もし、「家族で過ごす」ということを、「アスラと天駆と過ごす」ことだと思っていたなら。 それはつまり。 翔太と色香は、真央を家族だと思っていないということだ。 涙があふれ出る。 止まらない。 止められるはずがない。 楽しみしていた! 新しい家族との絆を確かめられると思っていた! 強く強く感じられると思っていた! それなのにこんなのってない!! こんなのってないよ。 「真央……」 「あぶぅぶぶぅ……」 立ち尽くして大粒の涙を流し続ける真央。アスラと天駆は心配そうに様子を伺っている。 「ごめ、ご……め……」 嗚咽で思うように声を出せない真央が、謝罪していることはすぐにわかった。 真央は、アスラと天駆がいてくれるのに、泣いてしまったことを謝っているのだ。 でも悲しくてしょうがない。 色々あった。悲しかったり、怒ったりしたこともあった。 だけどとっても楽しくて、寂しさなんてこれっぽちも感じない時間を過ごせていた。 「パパァ……パパァ!!」 感情が弾ける。 涙と言葉があふれ出る。 「本当に嬉しかったの! みんながこの家に来てくれて本当に嬉しかったの!」 アスラにしがみつき、大声で叫ぶ。 「本当に嬉しいのっ! 本当に大好きだと思ってるのっ! 本当に……本当に家族だって、そう思って……思って……」 その後はもう言葉にならない。 これだけ強く想っているのに、この気持ちが一方通行だったなんて。 そんなの無い。 悲し過ぎる。 「みんなだってちゃんとそう思ってるわ」 悲しみにくれる真央の耳に優しい声が届いた。 まるでサンタクロースが現れるとときになる、シャンシャンシャンという鈴の音のような優しい声。 「僕だって真央が大好きさ」 「私も……真央ちゃんを妹だと、家族だって思ってるの」 「私は遠慮しようかと思いましたが、私がいないと絶対真央様が悲しむと言われまして馳せ参じました」 そして、いつもの賑やかな面々の声。 ニカリと白い歯を見せて笑う兄。 顔を赤らめて恥ずかしそうに微笑む姉。 ふよふよと漂うタイヤキ。 そして、始めに声をかけてきた人物は、この世界の優しさすべてを詰め込んだような笑顔を浮かべている。 「ママ……」 出門桜花。 真央と天駆の母親だった。 |
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