魔王じゃないもんっ!
「第10話 聖夜じゃないもんっ!」
−10−
クリスマスは奇跡が起きる夜だと言う人間がいる。 奇跡とは常識ではありえないこと。 つまり、クリスマスの夜はありえないことが起きる日なのだ。 ありえないことならお手の物。 だって自分たちは魔族。 普通に考えたら、人間界にいること自体がありえない。 そんな我々が、妹一人の願いぐらい叶えられなくてどうするのか。 そんな意気込みの中で、翔太を中心に動いていた。 出門家において、家族というのは兄妹だけでは成り立たない。 父親のアスラと母親の桜花もいなければ、家族で過ごすとは言えないだろう。 けれど二人とも、クリスマスに一緒に過ごすのは非常に困難である。 アスラは魔王の仕事を休むことができない。 これには翔太とシュヴァルツが尽力した。 アスラが仕事を休むには、アスラの代わりを用意する必要がある。しかし、自分が代わりをするのでは意味が無い。そこで翔太は、Sランクの魔族を説得した。 説得と言うか、最終的には力がすべてのルールを行使したのだが。 しかし、これはアスラができないことだ。アスラは他の魔族の意思を捻じ曲げ、力で言うことを聞かせることを是としない。 対して翔太はそんなことは気にしない。そして、どちらかと言えば翔太のほうが魔王として正しい姿勢であり、それが結果的にSランクの魔族たちを動かす要因となった。 一日だけという短い時間とはいえ、魔王の仕事を手伝わせ、アスラを仕事から解放することに成功したのだ。 空と陸の魔は一人でなんとかできたが、海の魔はそうもいかなかった。 翔太は強大な力を持っているが、海で活動するには向いていない。 そのとき、シュヴァルツに大いに役に立ってもらった。水を操り、水の魔の元へ導いたのはシュヴァルツなのだ。最終的に力で勝るSランク海の魔族に言うことを聞かせたのは翔太だが、一人でそれを為すことはできなかっただろう。 ちなみに天駆を魔界に連れて行ったのは、単純に、長期間真央と二人だけにはできないと考えたためである。 そしてもう一つの問題の解決、実はこちらの方が奇跡と呼ぶに相応しいものだった。 天駆と桜花は魔力的なパスで繋がっており、天駆は桜花のそばにいると、無意識のうちに魔力を吸収してしまい、桜花の消耗させてしまう。 そのため桜花は出門家にいることができない。 どうにもならないと思われた問題も、色香の力により、一日だけ回避することに成功した。 奇跡の秘薬を作り出したのだ。 魔界には特別な日が無い。 そんな話題の中、数千月に一度しか咲かない特殊な力を持つ花の話題が出て、色香は奇跡を起こす秘薬を思いつく。 材料は数千月に1日だけ花を咲かせる特殊な花。その花は咲いている間、強い魔力を放ち続ける。 その特性をそのまま秘薬とすることできれば、魔力を奪われ続けても消耗は回避できるだろう。 持続性魔力供給薬とも言うべきか。 もちろん、もともとそれほど数が無く、数千月に一日だけしか花が咲かないため、見つけるのが困難である。 その花を数日間で見つけることができたことこそ、奇跡と言えるかもしれない。 その薬のおかげで、桜花は1日だけ家族とともに過ごすことができるようになったのだ。 翔太、色香、天駆、シュヴァルツが姿を消したのは、この日この時、この瞬間のため。 しかし、事情を聞いても、真央はどうしても納得いかなかった。 「だったらちゃんとそう言ってよ! いきなり誰もいなくなって、一人になって……とってもとっても寂しかったんだからぁ!!」 わんわんと泣き出す真央。 一人の時間は本当に寂しかった。 誰もいないのは耐えられなかった。 「ごめんよ真央」 「ごめんなさい真央ちゃん」 「申し訳ありません真央お嬢様」 今まで見たことが無い、鮮やかなほどの大泣きっぷりにたじろぐ魔族三名。 「もういきなりいなくなったりしないでっ! 絶対っ、絶対にっ! 約束っし…てっ!」 強い感情のせいでうまく喋れず、言葉ははっきりしていないが、気持ちは明確に伝わってくる。 「約束する」 「やくそく」 「約束いたします」 その訴えに、それぞれがしっかりとした気持ちで真央に応えた。 「さぁ真央。もう泣かないで。 せっかく家族全員が集まれた夜なんだから、楽しく過ごしましょう」 桜花の一言で、張り詰めていた空気が一気に柔らかくなり、それまでと違う雰囲気へと変わっていく。 「桜花の言うとおりだ。せっかく真央が用意してくれた料理が冷めてしまう。さぁみんな食べよう」 魔王の重く響く声すら、その雰囲気の中では恐ろしさを失う。 だってそうだろう。 家族のために飾られた部屋で、家族のために作った料理を囲んで、家族全員で過ごしているのだから。 「うん」 涙をぬぐった真央の笑顔が始まりの合図。 「よっしゃー! じゃあメリークリスマース!」 「メリークリスマス!」 出門一家全員の声が響き渡った。 クリスマスの夜は聖夜と呼ばれるらしい。魔王一家が楽しげに過ごす夜は、聖なる夜とは程遠いものなのかもしれない。 けれどクリスマスはあくまで平日。 特別な意味を持たせたのは、小さな女の子の意志と、それに応えた気のいい魔族たちなのだ。 弟が生まれて三ヶ月。 父が魔王だと知り、母と離れ離れになり、魔族の兄と姉と一緒に住むことになり、さらには変わった同居人までやってきた。 慌しく、目まぐるしく変わっていく環境に、広すぎて寂しいと感じていた屋敷も、今ではすっかり賑やかで狭いぐらいに感じる。 その夜、出門家の明かりは遅くまで消えず、楽しげな笑い声がずっと聞こえていた。 |
第10話 聖夜じゃないもん 完 |
*** 「デビルスウィィィィイイイングッ!」 スパコーンッ! いつものように高速回転しながら飛んでいく翔太。いつものように真央にちょっかいを出した結果である。 「ううっ、真央ちゃん……羨ましい」 そんなやりとりに羨望の眼差しを向けられるのもいつものこと。 「天駆様ぁあああ! お止めくださいぃいい!」 「あぶぅぅうぶあぶぶぶ」 飛び回る赤ん坊も、タイヤキも今ではすっかり日常である。 「ただいまぁ」 アスラの帰宅の唐突さも相変わらず。 しかし、一つ変わったことがある。 「おかえりなさい魔王様」 いつの間にか帰ってきた翔太と色香が恭しく低頭するのに頬を膨らませる真央。 「ちがうもん」 そんな真央に、翔太と色香は複雑な顔をする。 アスラも微妙な顔をしていた。 クリスマスの夜。 真央はもう一つ、翔太と色香に願いを言ったのだ。 「おかえり……お父さん」 「おかえりなさい。お、お父様」 照れくさそうにそう口にする二人。 「ただいま、翔太、色香」 言われたアスラもひどく照れている。 魔界では、家族である前に魔王であったため、翔太と色香は父と呼ぶことがなかった。 真央はそれがいつも気になっており、家族全員が揃った夜に、魔王と呼ばないことをねだったのだ。 「そう、魔王じゃないもん、パパだもん」 ふくれっ面が笑顔に変わる。 「だって……、家族だもんね」 |
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