魔王じゃないもんっ!
「第10話 聖夜じゃないもんっ!」
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出門家の家長であるアスラは、見事な資産運用術により、人間界でも莫大な資産を築いている。 その勢力は表立ったものでないが、この社会の資産家で、出門の名を知らないものはいない。 出門の息のかかった企業は数知れず、出門アスラの年収は数億、数兆とも言われる。 つまり、真央はお嬢様ということになるのだが、本人はその自覚が無い。というよりも高級なものにそれほど興味が無く、一般的な生活を好んでおり、節約することも楽しんでいる真央にとって、お金はそれほど価値のあるものではなかった。 しかし、その気になれば、欲しいものはなんでも手にいれるだけのお金がある。 それが今、よくわかった。 学校にいる間に、出門家の外観は変わっていた。 外壁にビッシリと設置されたイルミネーション。庭には真央の数倍の高さのある、思い切り豪華に飾りつけられたクリスマスツリー。 ガラス窓はスプレーのようなもので、雪模様やサンタクロースなどのクリスマス風の絵が描かれている。夜、部屋の明かりをつけた状態で家を見たら、とてもキレイだろう。 アスラに「思いっきりクリスマスっぽい飾り付けをしたい」とメールを送った結果がこれだった。 「ただいまぁ」 ドアもしっかりと柊などで飾り付けられていることに驚きながら家に入ると、家の中も思わず声を上げてしまう光景に変わっていた。 リビングにもクリスマスツリーが鎮座していたのだ。 それだけではない、壁や柱もしっかりと飾りつけられており、本当にクリスマス一色という雰囲気だった。 「……あれ?」 装飾に気取られ、今の今まで気が付かなかったが、本来あるはずのものが無い。 「お兄ちゃん? お姉ちゃん?」 昨日まで真央がただいまと言えば、必ず返ってくる声があった。 それがないのだ。 「おかえりなさいませお嬢様」 「あぶぅぶー」 兄と姉の声ではなかったが、渋いナイスミドルの声と、赤ちゃんの声が出迎えてくれる。 シュヴァルツと天駆だ。 いつもは兄が一番、続いて姉。 そして後ろに控えていたシュヴァルツという順番。 天駆は機嫌のいいときしか出迎えてくれない。 「ただいま、シュヴァちゃん、天ちゃん。 ……お兄ちゃんとお姉ちゃんは?」 もう一度挨拶を済ませてから、疑問を口にした。今までどちらかがいないことは結構あったが、両方ともいないことは無かったからだ。 「はい、しばらく魔界へ戻られるとのことです」 「……え?」 シュヴァルツがあっさりと答えた内容は、真央に衝撃を与えるものだった。 「え? な、なんで?」 「詳しくは聞いておりませんが、やることがあるとか」 反射的に口にした質問の答えも淡々としたもので、およそ真央が受けた衝撃を緩和してくれるものではない。 「だって……え? なんで?」 もう一度同じ疑問を口にする。 どうして? なんで、今? 来週はクリスマス。 この少しやり過ぎなぐらい飾られたこの家で、兄と姉とシュヴァルツと天駆。 いつもみたいに。ううん、いつもよりもにぎやかに楽しい時間を過ごす。 そのはずなのに、なんで今、魔界に戻ったりしたの? 「ク、クリスマスイブには戻るって言ってたよね?」 そうだ。 きっと何かクリスマス前にやることがあるので、用事を済ませてしまおうということなんだ。 「特に何も聞いておりませんが……」 …………。 期待していた答えと違うものが返ってきたが、首を振って自分に言い聞かせる。 大丈夫、クリスマスイブには帰ってくる。 だって、言ったもん。 家族で過ごすクリスマスの時間が欲しいって言ったもん。 だから……大丈夫。 「………………」 そう思ってみるが、姿が見えないだけで不安になる。 なんだか、いつもと違う装飾も、変化というものを感じてしまい、なんだかイロイロと考えてしまう材料になっていた。 魔界に戻る。 翔太も色香も、シュヴァルツも魔界から出門家にやってきた。 魔界の住人だ。 だから、魔界に戻ってしまう。 今は一時的かもしれないけれど、きっと魔界へと本当に戻ってしまう時が来る。 もともと天駆の暴走から真央を守るためにやってきた。だから、天駆が成長して、暴走なんてしないようになったら。 「ねぇ、シュヴァちゃん。 天ちゃんは、人間よりも魔族の血が濃いよね」 天駆が成長するというところまで考えが及んだことにより、真央は気が付いてしまう。 「はい、そうですね。 人間と言うよりは魔族と言えます」 天駆が魔族なら。 「……じゃあ、魔界で生きいくのが普通なのかな」 魔界は魔族の世界。天駆が魔族なら、魔界に住むのが自然だ。 「どちらの血も引き継いでおりますゆえ、どちらで過ごす権利もあると思います。 天駆様ご自身が決められることです」 「あぶぅ?」 まだしばらく、そんな判断をすることなんてできないだろう。 でも……。 成長したとき、天駆はどちらを選ぶのだろうか。 魔界で生きることを選択したら? 翔太も色香も天駆もシュヴァルツも、みんなみんないなくなってしまう。 「………………」 クリスマスムード漂う煌びやかに装飾されたリビング。 家に帰ってきたときはあんなのにもウキウキとさせてくれるものだったのに、今はなんだか虚しさを増幅させるものに変わってしまっていた。 |
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