魔王じゃないもんっ!
「第10話 聖夜じゃないもんっ!」
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まったく、思考の読めない相手というのは非常にやりにくい。 魔族は独特な思考の持ち主が多いが、実はそれぞれにこだわりを持っており、それを知れば次の行動の予測はできる。 純粋な魔力の差だけで、強さは図れないのだ。 戦術と呼べるそれは、圧倒的な力の差をも覆せる可能性を秘めている。しかし、魔界の強者のほとんどは、小細工だと笑う。 しかし海の覇者であるリヴァイアサン族は、戦術をおろそかにしない種族だった。もともと弱い種族だったためか、強さに貪欲なのだ。自分の生まれ持った力に満足しがちな魔族の中では異端とも言える。 それが海の覇者として君臨し続け、魔王であるアスラから絶大な信頼を得ている理由であった。 そのリヴァイアサン族の実力者でであるシュヴァルツは、特に向上心が強い。戦術だけで評価すれば、リヴァイアサン族の中でも随一の実力者なのだ。 しかし、その戦術を持ってしても、目の前の相手は捕らえるのが難しい。 パターンというものが存在しない完全に不規則な動きには、いつも苦労させられる。 「お待ちくださいお坊ちゃま!」 「あぶぅあぶぶぶぶ」 するりするりとシュヴァルツから逃れ続けるのは、真央の弟である天駆だった。 特筆すべきは、下半身に何もつけていないことだろう。 「オムツをお召しくださいませぇ!」 魔力で浮かべたオムツとともに天駆を追うシュヴァルツ。オムツを替える途中で、天駆が逃げ出したのだ。 手足の無いシュヴァルツは、オムツを念導力で操り、そのまま装着させる試みをしているのだが、どうもうまくいかない。 天駆を捉えることができないのだ。 天駆の動きは予測不能。パターンらしいパターンは見つからない。シュヴァルツにとって、その不規則さは初めて経験するものだった。 どんな存在も癖のようなものが存在する。 それを読めばパターンも導くことができ、動きを読むことも可能だ。 しかし天駆は、おそらくその癖すらまだ確立できていない存在なのだ。今までの戦い方では勝利は無い。 強敵と戦うときに覚える高揚感と全く同じものが身体の内から湧き出てくる。 「さすが魔王様のご子息! まだ幼子でありながら、このワタクシを手こずらせるとは! しかしこのシュヴァルツ、伊達に魔界の海を任されているわけではありませんぞっ!」 天駆の動きが直線に変化した瞬間にオムツを打ち出す。 「あぶぶぅ」 しかし、すぐに軌道を変えそれから逃れる天駆。 「甘いですっ!」 打ち出したオムツは外れてしまったが、シュヴァルツは気にした様子もなく、次の一手に移る。 「あぶぶ?」 別方向から迫る紙オムツ。 シュヴァルツはいつの間にか操るオムツの数を増やしていたのだ。 それも一つや二つではない、7つだ。 7つのものを同時に動かすのは非常に難しい。 念導力は思念を送ることで物を動かす。つまり、シュヴァルツは今、7つもの思念を同時に送っているのだ。 「あぶぶぅっ!?」 ひゅんひゅんと飛び回るオムツたちに気圧される天駆。 勝負はついた。 7つのオムツは天駆の進行方向をすべて塞ぐように間合いをつめ、オシリとの距離が詰まったオムツが猛スピードで動き、見事命中。そのまますばやく装着させ、オムツ攻防戦は、無事シュヴァルツの勝利で幕が下りたのだった。 オムツをつけている天駆の姿を見たシュヴァルツは、まるで激戦に勝利したような達成感に包まれる。 その感覚は、魔界での生活を思い出させた。 魔界での生活は戦いの日々だった。 シュヴァルツは次元の歪みを作れるほどの魔力は無いため、自然発生した次元の歪みから人間界へ侵入させないようにするのが仕事である。 この次元の歪みは、海中が一番発生しやすいため、人間界へと向かおうとする海の魔族は絶えない。 人間界における怪現象や謎の生物は、そのほとんどが、人間界に入りこんだ魔族が原因なのだが、人間界で海の怪現象が比較的多く見られるのにはそんな理由がある。 だからこそ、魔界の海を守る部隊の隊長を務めていた自分に誇りを持っていた。そんな自分がまさか、こんな場所にいるとは。 命令を受けた当初、不満を感じたことは事実だ。しかし今は、この任につけたことを幸運に思っている。 人間界は興味深い。 力がすべての魔界に比べれば、ひどくあいまいで複雑な、しかし、工夫溢れる秩序の形。 さまざまなことに価値を見出すその姿勢は、弱い魔族だったシュヴァルツにとって理解しやすく、そして惹かれるものだった。 しばらく人間界で生活して、シュヴァルツは思うのだ。魔界は多くの可能性を潰してしまっている、と。 リヴァイアサン族はたまたま可能性を開花することができたが、きっと他に同じように力を秘めた存在がいるはずだ。 それを潰してしまうのは非常にもったいない。 この機会に多くのことを学ぼう。 そして魔界に新しい風を、可能性を活かせる世界へと変革を。 「そのためには、人間界のことをよく知らねばっ!」 シュヴァルツはリビングルームで、すっかり使い方を覚えてしまったDVDプレイヤーを起動させる。 そして、翔太が選抜したアニメ作品を熱心に視聴し始めるのだった。 |
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