魔王じゃないもんっ!
「第10話 聖夜じゃないもんっ!」
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夢見通の占いの店。 特に店名も決まっていない色香の職場は、そうとしか表現できない。 少し前まで野ざらしの出店だったが、今では建物の地下に移動している。色香が「三反の姐御」と呼ばれるきっかけになった事件から、さらに人気の出た占いの店は、フロアをレンタルしてもおつりが来るぐらいの稼ぎがある。そんな稼ぎを出す色香に「外で並んでる人たちが風邪をひいたらかわいそう」なんてことを言われた日には、フロアを借りるしかないだろう。 そうでなくても、占い店を経営している「龍星会」のメンバーのほとんどは色香に惚れ込んでおり、色香が何か要求を出せば、聞き入れるに違いない。 さらに営業形態も変わり、今では予約制となっている。行列を夜の間に捌ききれず、待たせるだけ待たせるということが続出してしまったことが原因だ。 開店して一ヶ月でそんな進化を遂げた自分の店で、今日も色香は仕事をこなす。 雰囲気作りのために薄暗くした部屋で、いつものように二本の棒を上下に振り、精神集中をする。それに合わせて動く胸も健在だ。 当初は胸の揺れだけを目的としている男性客がほとんどだったが、その占いの的中率と、色香の人柄から、女性客も増えている。 今占っている客も、高校の制服を着た少女だ。 「………………」 見えた未来に表情を曇らせる色香。 恋する男性とうまくいくかどうかを占ったのだが、見えた未来はそれとは程遠いものだった。 恋する男性と仲睦まじく歩く女性の姿を目撃して、涙する目の前の少女の姿。 「……あの、あのね」 いつからだろうか。 占いの結果が悪いものだったとき、口にするのをためらうようになっていた。 見えたものを包み隠さず伝えるだけだった開店当初の色香からは想像できない。 「よくない結果だったんですね」 少女は眉の端を下げて言う。それを聞いた色香は下を向いた。 期待に添えない未来を口にしたとき、人は悲しい顔をする。色香はいつの間にかそれを見たくないと思い始めていたのだ。 「……そう、なの」 興味の無い存在がどうなろうとどうでも良かった。極端な話、最愛の兄と関わらないものにいっさいの価値を見出さなかった。 しかしたくさんの人間を占ううちに考えるようになったのだ。 相手の気持ちというものを。 想いが叶わないのは辛いこと。 だって、それは痛いほどわかる。 自分もそんな想いを抱えているのだから。 わかってしまうと同調して痛みを覚えるのだ。 少女の気持ちを感じ取り、胸が痛くなる。 「ごめん、ごめんね……」 謝罪の言葉と、嗚咽。 「あの、ちょっと……」 大の女性が泣き出したことに困惑する女子高生。占いの結果が悪いんだから、泣きたいのはこっちだと思わないこともなかったが、色香の様子にそんな気持ちはすぐになくなってしまう。 「ありがとうございます。 私のために悲しんでくれて」 そして、自分でもびっくりするぐらい優しい気持ちになっていることに気がつくのだ。 「なんか嬉しいです。 あ、いや、占いの結果が悪いのは悲しいんですけど、見ず知らずの私のために、こんなに悲しんでもらえるなんて思わなくて」 占いは人の未来に触れる行為。 それはそのままその人に触れる行為でもある。 色香は毎日毎日いろいろな人間に触れた。 最初はそれほど興味がなかったが、あまりにも様々な種類の生き方があり、そして自分の気持ちに似たものを持っている人間もいたことから、興味を持つようになっていた。 もともと色香は感受性が強い。 人の気持ちを汲み取り、考えるようになるのに時間はそれほどかからなかったのだ。 ただ、免疫が備わらないうちにいろいろな人間に触れてしまったせいか、過敏に反応してしまう。それは逆に、人にとって新鮮であり、心地良いものだったのだ。 「あの、あのね、未来は変わるかもしれないの。だから……」 「ハイ。 でもなんか、何があっても大丈夫な気がしてきました」 心配そうに言う色香に、女子高生は笑顔で答える。 「私の未来を知って、いろいろ考えてくれる人がいるって、そう感じられただけで、なんか心強くて」 そしてその笑顔のまま、女子高生は店を後にした。 「……………」 一人残された色香は呆然とする。 いつの間にか彼女の言動、気持ちの動きを考えている。 理解できない部分は多かったけれど、なんだか胸が温かい。 「お疲れ様、姐御」 「お疲れっしたー」 急に室内灯が明るくなり、笑顔の二人組みが顔を出す。龍星会の構成員で夢見通を任されているマサとトシだ。 今の客でちょうど休憩時間となったので、お茶とお菓子を持ってきてくれたらしい。 「いやー、今の子、清々しい顔してたけど、どんな魔法を使ったんですかい」 「え?」 マサが紅茶とケーキを色香の前に置きながら言った言葉に、呆然としていた色香の意識が戻る。 「楽しい未来ばかりを占えるわけじゃないでしょう。なのに落ち込んだ顔をして帰る客なんてほんの一握りだ。 魔法でも使ってるとしか思えないですよ」 紅茶から立つ湯気は心地よい香りをさせ、チョコレートケーキは見事なデコレーションで目を楽しませてくれる。 「魔法なんて、使ってないの」 紅茶にドバドバと砂糖を入れながらボソボソと言う。 そんな色香の言葉にマサとトシは顔を見合わせて笑った。 「あっはっはっ! そりゃそうですね!」 色香は魔族であり、魔法を使うことができる。だから使っていないことを主張しただけなのだが、魔法が実在しないと思っているマサとトシは、その本当の意味は理解できなかった。 色香はそれを気にすることなく、砂糖でとろみのついた紅茶を一口飲む。 暖かくて甘くていい香り。胸のつかえが溶け出していくような感覚を覚えた色香は、いい気分のまま続けてケーキを一口。 ほわわんと笑顔の花が咲く。 マサとトシは、色香の端正な顔立ちが、子供っぽく緩んでいく様に、思わず顔を赤らめてしまうのだった。 兄の翔太が働くから自分も何かしよう。 それだけの動機で始めたに過ぎない。 しかし、いつの間にか、この場所で過ごす時間に楽しさを感じ始めていた。 翔太さえいればいい。 翔太のことだけ考えたい。 翔太のことだけを考えることこそ愛だ。 そんな風に思っていたけれど、人間界に来て、いろんな人間に触れて、わかったことがある。 他の人間に触れることで視野を広げることができる。視野を広げることで、愛する人をもっともっといろんな角度から見ることができる。 人間界に来て覚えた新しい刺激は心地いい。 「ありがとうトシさん、マサさん。とっても美味しい」 屈託の無い笑顔で自然にお礼を言えるのも、人間界に来たばかり頃からは考えられなかった。 |
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