魔王じゃないもんっ!
「第10話 聖夜じゃないもんっ!」
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「ちょっとユータロー! 何すんのよーっ!」 5年4組の教室に真央の声が響く。 ただいま給食の時間。 基本的にゆるい博美が担任する教室は、他の教室よりも無秩序地帯となっている。 真央は、皿にどっさりと盛られたキャロットグラッセに眉をひそめていた。 「ウサギデコなんだから、にんじん好きだろー?」 真央をウサギデコと呼び、真央をからかうようなクラスメイトは木原祐太郎一人しかいない。翔太に痛い目にあわされた記憶は全く残っておらず、反省の色や変化は微塵も無いようだ。 「別ににんじんは嫌いじゃないけど、ウサギデコって言うなぁ!」 真央の友人であるひとみと蘭子は、このやりとりにすっかり慣れてしまっているため、やれやれと言った感じで見ているだけだ。 「木原さんっ!」 しかし、少し前とは若干状況が変わっている。 「い、イインチョー!?」 そこに割って入ってきたのは、クラス委員の小手岸ほのかだ。とある事件をきっかけに打ち解けあい、仲良くなったためか、真央を積極的に援護するようになっている。 「あなたっ! 真央さんをからかうフリして嫌いなにんじんを押し付けているだけでしょうっ!?」 ビシィッ! と指をさして言うほのかにたじろぐ祐太郎。 図星だった。 「それに、ウサギデコなんて身体的特徴からの蔑称なんて人権侵害ですわっ!」 「う、うるせぇ」 畳み掛けるように難しい言葉で注意するほのかに、祐太郎は貧困な言葉を返すしかない。 「さっきの、木原の大声よりも煩くないと思いますぅ」 「そうだよそうだよっ!」 それに対抗するのは、ほのかの親衛隊とも言うべき夢月秋乃と花咲舞だ。 「ぐぐぐぐ」 祐太郎は、女性三人の口撃に対抗するすべなく呻くのみ。 「まぁまぁ」 そんな祐太郎の姿に思わず同情を覚えた真央が割って入る。 「でも、好き嫌いはダメだから、ちゃんと自分で食べなよ?」 けれどやるべきことはきちんとやるのが真央である。押し付けられたにんじんは、きっちりと祐太郎の皿へと戻した。 「べ、べつに好き嫌いじゃねぇよ! ただウサギはにんじんが好きだから……」 「愛する真央ちゃんのためプレゼントってことか?」 戻ってきたにんじんを目の前にして、言い訳じみたことを言う祐太郎。そんな祐太郎にこんなことを言ったのは、クラス副委員の安藤敬介だ。 その言葉にクラス全員が沸き立つ。 「ば、バッカ! そんなんじゃねぇよっ!」 クラスの冷やかしを受け、顔を真っ赤にする祐太郎は、嫌いなにんじんを一気にほお張った。 啓介は、祐太郎とは幼稚園からのつきあいだ。しかも頭が切れる啓介は、祐太郎の扱いを熟知している。 煽ることで祐太郎がムキになり、にんじんを食べることがわかっていたのだ。 「うぐぐぐぐぐ」 子供の頃の好き嫌いというのは、勢いや気合だけで乗り切れるものではない。案の定祐太郎は、口いっぱいに広がるにんじん臭さにもだえるのだった。 その様子にクラス中からどっと笑い声があがる。 今日も5年4組は、騒がしくも楽しいクラスだった。 「そうだ真央ちゃん、クリスマスイブは何か予定ある?」 祐太郎の騒ぎがひと段落したところで、ひとみが真央に声をかける。 「え? どうして?」 「実はクリスマスパーティーでもやろうかとか思ってさー。どう?」 続けて蘭子。 その様子から察するに、二人で先に計画を立てていたようである。二人の申し入れに真央は少し困った表情を浮かべた。 「えっとぉ、ごめん」 そしてその表情のまま謝る。 「今年は家族で過ごそうと思ってるの、ホラ、お兄ちゃんとお姉ちゃんと過ごすのは初めてだし……」 申し訳なさそうに言葉を続ける真央に、ぶんぶんと手を振る二人。 「ああ気にしないで。真央が寂しくなければ全然オッケーなんだから!」 「ちょ、ちょっと、蘭子」 笑顔で言う蘭子に、慌てて蘭子の口を塞ぐひとみ。 真央はその二人のやりとりに、去年、母と二人のクリスマスは少し寂しかったと愚痴をこぼしたことを思い出す。 「ありがと、二人とも」 二人は去年のことを覚えていてくれた。だから、今年は真央の口からそんな愚痴がこぼれないようにと、パーティーを企画したのだ。 真央はそんな二人の気遣いがとても嬉しかった。 |
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