魔王じゃないもんっ!
「第10話 聖夜じゃないもんっ!」


−3−

 全体的に薄暗いのに、時折り当たるスポットライトはやかましいほどに眩しくきらめく。
 上等でしゃれたテーブルとソファーが詰め込まれた部屋は、照明に勝るとも劣らないやかましい臭いが充満していた。
 酒とタバコの香りがベースだが、それを覆い隠す強烈な香水の臭い。せっかくのいい酒も、高級なフルーツも、これでは楽しめないと思うが、それでもこぞって高いものを頼む客たち。
 翔太の働く三反のホストクラブ、「Chu×2の巣(ちゅちゅのす)」は、今日も繁盛していた。
「ねぇねぇショータン聞いて聞いて」
 翔太を指名した三十路も半ばの女性が甘えた声を出しながら、翔太のネクタイをいじり回す。
「なになに? 聞かせて聞かせて」
 翔太はそれに対し、「興味津々」と言った感じで相槌を打った。
 内容はいつも決まっている。
 使えないが、若くて可愛い女性社員の悪口だ。たまに他の話題になったとしても、どれもこれも愚痴ばかり。
 しかも、まともな神経であれば耳を塞ぎたくなるような辛辣な物言いをする。
 例えば恋人という存在であれば、うんざりして彼女との別れを考えるだろう。
 しかしここはホストクラブ。
 コミュニケーションビジネスの場所だ。どんな話も嫌な顔せず聞いてくれる。
 話を聞いてくれるのは単純に嬉しいもの。興味深く聞いてくれるならなおさらだ。
 魔界の住人であり、人間界のほとんどのことに興味を持つ翔太は、聞き役として適任だった。
 嫉妬、憎悪の感情も嫌悪の対象ではなく、人間らしいおもしろい感情としてとらえている。
 だから、ホストの客は翔太にとって面白い存在だ。
 抑え込んでいる感情の暴露したかと思えば、好意を明け透けに見せびらかしながら口では正反対のことを言ってみたり、どっぷりとはまり込んでいるくせに、どこかドライにビジネスの付き合いだとわかっていたり。
 渦巻く感情は複雑怪奇なのに根本はひどく単純。
 結局寂しいのだ。
 そんな彼女たちと過ごし、会話を楽しむこの仕事は、いい意味でも悪い意味でも人間のことを理解できる最高の職場だと翔太は思っていた。
「ところでこれからしばらくお休みするって本当なの?」
「うん、ごめんね。やることができちゃってさ」
 寂しそうな女に手を合わせて謝る。
「クリスマスはどうするの? やっぱり彼女と?」
 女が少しすねたようなしぐさで続けて聞くと、翔太はニコリと笑って即答した。
「家族と過ごすよ」
 これには周りで聞き耳を立てていた客たちも騒ぎだす。
「えー、ウソー!?」
「もしかして、家族は奥さんとかいうオチじゃないでしょうねぇ」
 口々に億足が飛び交う中、翔太ははっきりとこう言う。
「可愛い小さな妹に、家族で過ごしたいって言われたら、応えるしかないでしょ」
 その屈託の無い笑顔に、客たちは大いに沸き立つのだった。



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