魔王じゃないもんっ!
「第10話 聖夜じゃないもんっ!」
−2−
とある無人の山。 人口的なものが一切存在しない、自然そのままのその場所に、異質な空気が漂っていた。 何もないはずの空間に、裂け目ができている。それは次元の歪みと言われるものだった。 次元の歪みは自然に発生するものと、強大な力にて開かれるものがあり、これは後者のものだ。 次元の歪みは強大な魔力がなければ開くことができないが、これを作った存在は、充分な力があった。 魔力を操る魔族の世界の王。 魔王アスラだ。 「魔族の気配はありません」 「先の次元の歪みから人間界に侵入した魔族はすべて追い返したようです」 赤マントと青マントに身を包んだアスラの側近とも言うべき従者、エルとアールが事務的な口調で報告すると、アスラは低い声で「うむ」と頷いた。 アスラは自ら開いた次元の歪みを閉じながら思う。 人間界はそれほどまでに魅力的なのだろうか、と。今日も数え切れないほどの魔族を人間界から追い返した。 もし、人間界の秩序を乱さないよう気をつけるのであれば、追い返したりはしない。しかし、力で言うことを聞かせること、聞かされることに慣れすぎた魔族の大多数は、その力をもって人間を支配しようとする。 人間界に溶け込んでいる魔族はほんの一握り。そのほとんどが、強大な力の持ち主で、かつ人間界の文化に魅力を感じている者である。 「魔界が変わらねば、仕事は減らないか」 弱きものが強きものに従うのが当然の世界。だからこそ、弱いものが力で従わせることに憧れを持ち、人間界で力を行使しようとするのだ。 アスラは魔族に人間と交流させること自体は肯定的である。なぜならアスラ自身、人間と交流したことにより、今の力を得たからだ。 人間界では脅威的な強さだが、魔界ではそれほど力が強いと言えない種族。それがアスラの属する「鬼」である。 アスラが初めて人間界を訪れたのは偶然であり、しかも、アスラが望んた結果ではなかった。 ある日、自然発生した次元の歪みにより、望んでもいないのに人間界へと来てしまった。人間界に興味が無かった当時のアスラは、魔界に戻りたかった。しかし、鬼は次元の歪みを作るほどの力が無い。 だから魔界に戻ることができなかった。かと言って、人間界に溶け込むこともできなかった。 そんな状態がしばらく続き、多くの鬼が人間界で行う行動をとろうとしていた。人間を魔界の力で支配する行為だ。 アスラは弱いものを支配することに魅力を感じない鬼であったが、それ以外することが思いつかず、自分の存在価値がわからなくなっていたため、そうすることで「鬼」であることを感じたかったのだと、今になれば思う。 そして、人里で暴れようとしたとき、一人の人間と出会った。己を高めることに生涯を捧げ、魔界の鬼を凌ぐ力を得た修行僧だった。 その人間の言葉が、魔王アスラを誕生させるきっかけとなったのだった。 「その永き命があれば、どれほどの力が高められるのか。 きっと出来ないことなど無い。 私が鬼と戦えるまでに力を高めたように、おまえも次元の歪みを発生させられるまで、力を高めようとしてみるといい」 数十年後、修行僧は老衰で逝ったが、アスラはその言葉を信じ、永きにわたり己を高めた。 もともと才能があったのかもしれないが、数百年試行錯誤を繰り返し、成長する努力をやめなかったアスラは、ついに次元の歪みを作ることに成功する。そして見事魔界に帰還したのだ。 そして、その力で魔界の王となった。 人間界の秩序を乱す魔族を取り締まるのは、魔王の使命である。魔界と人間界には複雑な因果関係が存在しているらしく、人間界の崩壊はそのまま魔界の崩壊に繋がるとされている。 そして人間界は、魔族の魔法による因果関係の乱れに弱い。 ここで言う因果関係の乱れとは、魔族の魔法による人間界の歴史的変化だ。具体的に言えば、魔族が人間界において、魔法を用いて主導権を握ると、世界の崩壊を呼び込む。 だから魔族は、人間界においては人間のルールに従い、なるべく魔法を使わず過ごす必要があるのだ。 それを守り、守らせるのが、魔界の王たる魔王の義務なのである。 しかし、前述したように世界の崩壊を呼び込む行動をしようとする魔族は絶えず、アスラは休みなく働かねばならない。 なお、多くの部下を持つアスラ本人が出向く必要があるのには理由がある。アスラの元に、次元の歪みを自ら発生させることができる、Sランクと呼ばれる魔族の従者がいないからだ。 魔界で次元の歪みに入り込もうとする魔族をくい止めてくれる従者は多いが、いざ人間界に入りこんだ魔族を、魔界に追い返せるものがいない。 Sランクの魔族はプライドが高いものや、自由奔放なものしかおらず、もともと誰かの言うことを聞くタイプではなかったり、下級とされる鬼族のアスラに従うことを拒むため、手伝いは期待できないのだ。 だから今日も明日も、アスラは家にほとんど帰らず仕事を続ける。 「魔王様、また歪みから侵入者があり、魔法を使っているようです」 一息つく間もなく、優秀な側近達が伝通魔法を用い、得た侵入者の情報をアスラに知らせる。 (今年のクリスマスも家に戻れそうに無いな) アスラは自嘲気味に薄く笑いながら、エルとアールの示す方向へと、猛スピードで向かっていった。 |
1へ | 戻る | 3へ |