魔王じゃないもんっ!
「第10話 聖夜じゃないもんっ!」
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「魔界のクリスマスって、どんな感じなの?」 会話の絶えないいつも通りの賑かな夕食で、真央がそんなことを言った。 帰り道に寄った、光野商店街がイルミネーションに彩られ、どの店舗でも軽快で賑かなクリスマスソングが流されていたことを思い出し、魔界の住人である家族に聞いたのだった。 日本にクリスマスの風習が取り入れられてからどのくらい経っているのか、正しい期間はわからないが、一般に浸透し、独自の進化を遂げるぐらいの時間は経過しているのだろう。 真央は日本のクリスマスの雰囲気が好きだった。 商業戦略に踊らされて、バカ騒ぎしているだけだ、なんて言う人もいるが、イルミネーションはきれいだし、クリスマスソングは楽しげで、何よりどこかうきうきそわそわしている人たちが多くなる。それらを見ていると楽しい気持ちになれるのだ。 「魔界にクリスマスは無いよ?」 「え? あ、ああ、そっか」 翔太の答えに、よく考えれば当然だと質問をしたことが少し恥ずかしくなった。 クリスマスはキリストの誕生日。 魔界の住人が祝う義理などないだろう。 「じゃあクリスマスみたいな、年に一度の特別な日とか無いのかな?」 このやりとりで、そういえば、魔界のことについてあまり知らないなと思った真央は、浮かんだ疑問を口にした。 「特にないな。 そもそも、年って概念もないし、月齢周期の月の概念はあるけどね」 「ええっ!?」 数字やカレンダーは世界共通のものだという認識をもっている真央にとって、翔太の言葉は衝撃だった。 「時間の流れを気にしない魔族がほとんどなんだよね。なんせ長生きだからさ。 基本好き勝手やるから、その日暮らしだしね。 でも、ちゃんと日々おもしろく過ごそうとしてるやつらは気にしてるかな。時間の流れを把握してあれこれ考えるのは、高貴な魔族の嗜みとか言うやつらもいる。 あとはそうだな。数千月に一度しか咲かない、特殊な力を持つ花を得るために、時を数えるやつらもいるかな。すごい秘薬の材料になるんだよ。 な? 色香?」 説明するなかで、秘薬の話が出てたので色香に話を振る。 「は、はい。お兄様」 色香は翔太に名前を呼んでもらったことが久しぶりだったこともあって、感無量といった様子だ。本来その秘薬について、詳しい話をするべきなのだろうが、胸がいっぱいで返事しかできなかった。 そのせいではないが、真央は今の話が理解しがたかった。 自分のなかの当たり前が、存在しないのは想像できない。 「でも、ボクは特別な日っていうこの世界の文化はとても気に入ってる!」 「私も素敵なことだと思う。時間を区切って、周期を決めて、意味をもたせて……」 「私も勉強しましたぞ。 忘れてはならない想いを再確認するための日だと認識しております」 けれど、自分が想像できない世界にいる住人は、こんなにも自分の世界の「当然」を理解してくれようとしてくれていた。 真央はなんだか妙に嬉しくて、涙が出てしまいそうだったが、泣いてしまうと自分のことを大事に想ってくれているこの家族が大騒ぎしてしまうのでぐっと堪える。 「そうだ真央。 クリスマスプレゼントはなにがいい?」 そこにこんな言葉をかけてくるものだから、もう涙腺は限界に近かった。 プレゼント。 「家族で過ごせれば、何もいらないよ」 去年は母の桜花と二人で過ごした。 母は大好きだし、ケーキも七面鳥も焼いて、リビングにツリーも飾った。しかし、二人でこの屋敷は広すぎる。 今年は桜花と過ごすのは無理だろうし、アスラは時間が作れないだろう。 でも、今年はきっと寂しくない。 少し、いや、かなり変わっているが、賑かな家族がいる。 エッチで意地悪だけど、底抜けに明るい兄。 おとなしくて何を考えてるかわからないけれど、美人で優しい姉。 気分屋でいつもぷかぷかと浮いているけれど、天使の笑顔を持つ弟。 そして、見た目が美味しそうなのに、性格は堅い、だけど、紳士的で実直なシュヴァちゃん。 少し賑かすぎるぐらいの毎日なんだから、クリスマスはどうなるんだろうと、今から楽しみでたまらない。 こんな家族と過ごせるだけでも、真央にとっては幸せなことなのだ。 「家族で過ごすクリスマスの時間が欲しい! プレゼント、これじゃダメかな?」 だからもう一度はっきりと口にする。 「わかった! 今年のクリスマスは家族で過ごす時間をプレゼントするよっ!」 翔太と色香だけでなく、天駆も真央にほほ笑みかける。二人の笑顔に釣られたのだろう。 その笑顔に、真央の涙腺はとうとう限界を突破したが、すぐに笑いにとって代わられる。 いつも無表情なシュヴァルツの口元が、笑っているみたいに、見えたからだった。 一歩間違えば、不気味極まりない「笑うタイヤキ」だがその破壊力はバツグン。 悪いと思いつつも、涙を吹き飛ばす意味も含め盛大に笑う。 「むむむ、皆様と同じように笑顔を浮かべたつもりだったのですが」 シュヴァルツはやや不服そうだったが、真央があまりにも思いきり笑うので、そんな気持ちは霧散してしまった。 今日も出門家は笑いが堪えない。 真央は本当にクリスマスが楽しみでならなかった。 |
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