聖夜のサンタ

エピローグ

 日差しがすっかり温かくなっていた。
 草木と咲き始めた花の香りを、風が運んできてくれていた。
 息を吸い込むたびに実感する。

 今、私はここにいる。

 もう目覚めることは無いかもしれないと思った。だけど私は、今ここにいる。
 あの日から、何度も何度も噛みしめた実感。だけど、同時に感じる切なさ。
「やぁ聖夜ちゃん。調子はどう?」
 ノックとともに入ってきたのは反町先生。私の主治医をしてくれている人だ。
「ハイ。大丈夫です」
 反町先生は私の返事にニッコリと笑うと、簡単な診察を始める。
「うん。これなら予定通り明日退院だね」
「……ハイ」
 信じられない。
 ずっと病気と共に生きてきて、ずっと死を身近に感じていた。そんな私が、明日退院して、普通の生活をすることができる。
「あ、そうそう。コレ、早いけど退院祝いだよ。あとで聴いてみて」
 渡されたのは一枚のMD。
「何が入ってるんですか?」
「面白い歌が入ってるよ。ちゃんと最後まで聴いてね」
 含み笑いをして病室を出る反町先生。少し不思議に思ったけど、私はありがとうと言って見送った。
 なんだろう? 私は早速MDプレイヤーに貰ったMDをセットする。
 個室でMDプレイヤーのある病室。入院中は色んな曲を聴いていた。それも今日で最後になるんだね。 
 静かだった部屋に音楽が流れ始める。

 ……これって。

 ジングル・ベル。

 明るく楽しい曲調。
 ……思い出されるあの日。窓の外から聞こえてきたこの曲。
 軽快なその音楽に背中を押され、私は勇気を出して外に出た。
 賑やかな街並み。あてもなく歩き続けるだけしかない私は、しかめっ面のあいつを見つけた。
 浮かれた気分の町の中で、なぜそんなに不機嫌なんだろうと気になった。そして、そこで聞こえてきた言葉にドキリとした。
「理想の恋愛」
 その言葉に惹かれて、勇気を振り絞って声をかける。本当にムチャクチャで、すごい迷惑をかけたと思うけど、あの時勇気を出したから、あいつと出会うことができた。
 ドキドキして、楽しくて、嬉しくて。でも……苦しくて、悲しくて。
 でもあいつは、そんなすべてを受けとめてくれた。

 ジングル・ベルが終わり、次の曲が流れる。
 続けて流れてくる曲も、きよしこの夜やもみの木と言った、クリスマスソングだった。

 クリスマス・イヴ。一番好きだと思える人と過ごせた時間。笑って、泣いて。温もりを感じて。
 そしてそこで私は願った。願ってしまった。
 弱い心がそれを願わせた。
 次のクリスマス・イヴまで、私が死んでしまっても、生きていると思って愛し続けて欲しいと。
 一年間、あいつの恋人で在りたいと。
 胸が苦しくてしょうがなくなる。今私は生きている。生きてここにいる。
 生きていたとしても、一年間逢わないのが、そんな願いをしてしまった私への戒めだった。
 そのぐらいの覚悟をして願ったはずなのに……。
 思ってたよりもずっとずっと苦しいよ。
(……会いたいよ)
 あいつは今、どうしてるだろう。きっと、間違いなく……。私の願いのままに私を想い続けてくれている。あいつはそういうやつだから。
(……会いたいよ)
 考えるたびに胸が苦しくて。何度も何度も同じ言葉がリフレインする。
(……会いたいよ)
 涙がこぼれそうになる。
 反町先生……なんでこんな曲を今日になって……。
 反町先生にはこの話をしていて、あいつに私のことを言わないでとお願いしてある。 
 意地悪……。
 MDプレイヤーを止めようと手を延ばしたけど、零れていく涙を感じて慌ててぬぐった。
 そこで曲が終わり、次の曲が流れ始める。

 軽快で明るい音楽。……今度は歌が入っている。
 この歌……。

 ガチャリとドアが開かれる。
 ドアの向こうには赤い服を着たおじいさん。

『あわてんぼうの♪ サンタクロース♪』

 いや、違う……、付けひげをつけた……若いサンタクロース。

『クリスマスまえにやってきた♪』

「この歌……反則だよ……」
 せっかく目の前にサンタクロースが現れたのに、出てくる涙が姿をにじませた。
「……俺にぴったりだと思うんだけどな」
 あわてんぼうのサンタクロース。
「だからって……まだ三月だよ? あわてすぎだよ……」
「……そうか? そろそろ限界だと思ったんだけど。
 ……じゃあ出直そうかな」
 意地悪な言葉と裏腹な、優しい微笑み。
「三太っ!」
 春には温かすぎる赤い服の感触をしっかりと抱きしめる。
「せっかく、来たんだから、プレゼント……ちょうだいよ」
 私のサンタクロース。
「去年の願いは取り消し!」
 黒須三太。
「ずっと……ずっと一緒にいて……」
 私だけの、サンタクロース。  











聖夜のサンタ END

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