聖夜のサンタ

第五部 サンタの願い

 こんな所に来たのは初めてだった。
 閉じていた目を開けば、ステンドグラスとキリスト像が目についた。
 さびれた教会。わざわざ一番さびれたところを調べ、遠路はるばるやってきた。
「俺は別に神様なんて信じちゃいない」
 誰もいない教会は、自分の声がよく響く。
「だけど、あんたは実在したんだってな」
 十字架に貼り付けられた男。
「とりあえずは……誕生日おめでとう」
 今日この日は、12月25日はこの男の誕生日だった。その日がクリスマスと呼ばれるようになって、日本にその風習が伝わって、今みたいになったんだ。
「どんな気分だ? 自分の誕生日がこんな日になるなんて」
 そうなんだ。この男が生まれた日であって、恋人同士が一緒に過ごさなきゃいけない日じゃない。
「いい迷惑だと思ったよ。あんたがこんな日に生まれたおかげで、こんな名前になったんだから」
 毒づいてみるが、キリスト像は何の反応も示さない。それは当たり前で、それでも俺はこの男に語りかける。
「……なんて、今では思ってねぇけどな」
 本当に何をやってるんだか……。自嘲の笑みで口の端があがった。
 本来、クリスマスは神に祈りを捧げる日らしい。慎ましやかに。穏やかに。
 クリスマスなんてと思い続けていたけど、だけど今年からは、こうやって教会に訪れるのも悪くないと思う。イヴは楽しく過ごし、クリスマスは神に感謝する。
「キリストさん。今俺がここにいるのは、さすがに偶然とは思えない。いくらなんでも色んな偶然が重なり過ぎだよな」
 思い返せば、ここ最近で本当に色々なことがあった。
「俺がこの名前をつけられたこと。あいつがあの名前をつけられたこと。
 イサムだってトナカイ。智美だって、トモミノギで……もみの木が隠れてる。そんでもって反町先生はそのまんまソリマチカケル」
 名前なんて、親が勝手につけたもんだったり、結婚相手がたまたまその名字だったりして変わるもんだけど。今、俺のまわりにあんだけのクリスマスチックな名前がいたんだ。
「イサムの彼女。増田広美って言うんらしいんだけど、実は水商売やってるらしいんだ。
 そんでもって源氏名がクリスなんだってさ。
 ちょっと反則かもしれないけど、クリス増田。クリスマスダだってよ。ここまでくると、なんかもう笑っちゃうよな」
 そうだよ。きっと、なんか特別なんだよ。
 イサムはあの後、俺を家まで送ってくれた。その時に彼女の話をしてくれて、いつも通りの馬鹿話もしてくれて、俺は笑顔で家に着くことができた。
 そしてここに来る前、智美から電話がかかってきた。智美は、あのクリスマスツリーを作ったときの苦労話をしてくれた。子供を実家に預けて、旦那さんにも手伝ってもらったらしい。
 イサム……智美……。
 本当……二人ともありがとうな。
「……あんたはこれを神の御心のままとかなんとか言うのかな? 親父と母さんがよりを戻すのもそうなのか?」
 イヴの夜。俺の誕生日に二人は会ったらしい。予想通りというかなんというか……、俺が成人するまで離婚を先送りしてたみたいで……、本当はその日、正式に離婚するつもりだったみたいだ。
 だけど、会って気持ちが変わったって言ってた。やっぱり好きなんだって思い知ったって……。
 本当に久しぶりの惚気話を聞いた。歳をとって随分老けた二人だったけど、なんか昔の二人のまんまだった。
 親父の声が懐かしくて、温かくて。母親の明るい表情が嬉しくて。
 俺、こんな状態だったからうまく笑えなかったけど、本当に嬉しかった。
「もし……神様がいたとして、ここまでのことが偶然じゃなかったとしたら……」
 信者でもないのに、祈りのポーズをとる。
「最高に幸せなクリスマスを、神様が与えてくれたんだとしたら……」
 友人の優しさに触れた。
 両親の温かみが戻ってきた。
 自分自身を好きになれた。
 そして……。
「なぁ、伝えてくれないか? キリストさん」
 ……大切な人に出会えた。
「一番大事なところで気を抜かないでくれって……」
 頼む。
「……求めすぎとか言わないでくれ」
 命には限りがあるなんてことはわかってる。
「お願いします」
 だけど、早すぎるだろ?
「俺は、もう一度あいつに会いたい」
 なぁ神様。
「もっとあいつと一緒に生きていきたい」
 その願いを胸に。俺は一晩中祈り続ける。






 聖なる夜。

 神よ。

 サンタの願いを。

 叶えたまえ。










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