女神の騎士

 アレスとの旅は、すべての費用が個人負担。
 一度の仕事で得る収入がそれほど多くないことを考えると、ラヴェルナの路銀が尽きるのは必然であった。そしてそれは、彼女が仕事をしなければならないことを意味していた。
 いつもなら夜這いをかける時間。宿屋の窓から出て、軽快な動きで夜の町を走る。
 向かっているのは、町に着いてからアレスと別行動をし、目星をつけた家。この町は裕福な家庭が多く、治安の良さから警戒レベルも低いために仕事は容易いだろう。その中でも一番侵入しやすく、仕事のしやすい家を選んだ。
 粘着力のある薬剤を塗布した布で固定し、硬度の高い宝石の指輪を使ってガラス窓をくり抜く。そして解錠して侵入すると共に、眠っている住人の顔に睡眠薬を染みこませた布をのせて眠りを深いものへと変えた。
 今回物色するのは現金に絞り込む。換金はアレスが一緒にいるため難しいだろうし、夜のうちに町を離れないため、足がつきにくい現金を狙うのは当然と言えた。
 素早く的確に仕事を終えたラヴェルナは、また夜の町を走って宿屋へと戻る。今日の仕事でタークドの町に着くまでぐらいの路銀は確保できただろう。今回の仕事も問題なく完了した。
 窓から自室へ戻り、安堵の息をつく。そして窓を閉めようとしたその時、自分以外の何かが同じ窓から入ってきた。
「なっ……」
 いつからだろう。今彼がここにいると言うことは、自分をつけていたということだ。自分よりも遙かに大きなその体で、警戒しつつ仕事をしていた自分をつけていたことを思うと、彼の能力には本当に感服してしまう。
「……どうやって収入を得ているのかと疑問には思っていたが、まさか泥棒とはな」
 明らかな侮蔑の視線。
「……まぁ、そういうこっちゃ」
 平静を装い、窓とカーテンを閉める。
「自警団にでも突き出すんか?」
 アレスと顔を合わせ、自嘲混じりの笑顔を浮かべる。
「……そのつもりはない」
「泥棒は護るに値しないから、失せろって言うんか?」
 アレス自身が、なぜこの場にいるのかがわからないでいるため、ラヴェルナの問いかけに対する答えは出なかった。
 いつもなら夜這いに来る時間、ドアを開く音ではなく、となりの部屋の窓が開く音がした。窓から襲撃するつもりかと、警戒のため窓から様子を伺うと、夜の闇に紛れるラヴェルナの姿があった。
 怪訝に思い、自分も後を追い、そしてラヴェルナが盗みを働く姿を目撃した。
 自分は正義感で動いているわけではない。コソドロごときを見つけたぐらいで、自分が何かするようなことはない。
 だが、何かを思い、ラヴェルナの前に立っている。
「……なぜこんなことをしている?」
 やっと出てくるのは安っぽい質問。そのぐらい、少し想像すれば答えは見つかるはずだった。
「生きていくために決まってるやろ?
 手に職もないウチが、収入を得るにはこんな方法しかないんや」
 それはアレスにもわかる。
 しかし、それは一人旅をしているからであり、どこかの町に落ち着けば、努力次第で職を見つけることも可能なはずだ。
 ラヴェルナは善悪の判断ができないような人間ではないことは、一緒に過ごした少ない時間でも理解できる。
 だからこそ気になった。
「そこまでして旅を続ける理由はなんだ」
 つい口に出る疑問。
 自分は誰かに深く関わるつもりなど無かった。自分の進む道には不要だから。
 なのになぜ、自分は彼女のことを気にしているか。

 自分と同じものを見いだしている。

 いつしか思ったことが脳裏によぎる。
「なんや、ウチのこと、興味もってくれるんか?」
 興味。
 ラヴェルナの言葉に戦慄を憶える。
 他の一切を捨てて、あの時の言葉のみを胸に生きると決めた自分が、他の誰かに興味を抱いている。
「ええで。話したる。
 もしかしたら、アンタにとっては大した話には聞こえへんかもしれんけどな。ウチが何を求めてるか、なぜ求め始めたか」
 その気持ちを否定しようとするが、ラヴェルナの話を遮ることもできずにただ立ちつくす男。
 ラヴェルナは自分のベッドに腰掛け、自分のことを語り始めた。



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