女神の騎士

 こんな手応えの無い夜這いは久しぶりだった。
 自室に戻り、物思いに耽るラヴェルナ。
 安宿のベッドは硬く、かけるシーツは少しカビくさい。見上げる天井は、少しだけにじみ出た涙で歪んでいた。 
 旅をしながらということもあって、恋を成就させるには早い展開が必要となる。彼女の少ない収入では長い滞在はありえない。恋人関係になってしまえば、相手の家に転がり込めばいいのだが。
 そのためにラヴェルナは「夜這い」行為を何度か行ったことがある。
 既成事実を作れないまでも、相手を動揺させ、強い好意を持っていることを意識させる効果がある。そして、この行為は実を結ぶことが多かった。
 しかしアレスに対して効果があった自信はない。動揺はあったが、自分の行為が原因でないと感じた。
「……あの目や。
 あの目が気になってしょうがないねん」
 目を瞑り、独り言を呟く。
 遠くを見る目。他のすべて一切を無視し、一点のみを見つめているように思えるあの目。
 アレスが気になる存在になった理由は強さ。そして恋愛感情を決定づけたのは、その目だった。
 恋愛感情と言っても、愛しいという類のものではない。相手をもっと知りたい、そして自分のものにしたい。そういう感情だ。
(……ちょっと焦りすぎたやろか)
 タークドの町までは二週間ほどかかる。今日はまだ初日。チャンスはこれからいくらでもあるだろう。
(何もせんで機会を伺うなんて性にあわんし。
 ……抑えきれへんわ)
 一目惚れと言うよりは、ずっと探したものを見つけたような感覚。
 手探りで求めていたもの。これまでもその感覚に従い、実際に手にして、しかし違うと気が付いて。
 それを何度も何度も繰り返した。
 大陸中を旅し、色々な出会いと恋を繰り返したが、今までとは違う。今までとは比べものにならない。
 そんな存在に巡り会えたと言うのに。
 ……まだ何も知らない。
 一人旅をしている理由も。異形の者に詳しい理由も。そして、あれだけ頑なに自分を拒んだのにもかかわらず、タークドまでの同行を引き受けた理由。
 そしてあの目が何を見つめているか。
(できるなら……)
 あの一直線に何かを見つめる目を自分に向けさせたい。
 想像するだけで痺れる感覚。求めているものがそこにある。
(必ず手に入れる)
 ラヴェルナは決意とともに、残った夜の時間を睡眠にまわすため目を閉じた。


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