女神の騎士
21
自分よりも遙かに大きい敵相手に、一人で立ち向かうことことなどできるだろうか。例えそれができたとしても、その敵とまともに戦うことなどできるだろうか。 アレスを知る前のラヴェルナであれば、「そんなんありえへんわ」と笑って言っていただろう。 だがそれは、目の前で実現されている。 繰り出される異形の者の攻撃をかわし、手にした剛剣で果敢に斬りつける。 彼はどこまで強いのだろうとラヴェルナは思った。 そして、自分に対して視線も声も送られなかったことに、どうしようもない悔しさを憶えた。 しかし、自分はこの男に惚れてしまったのだ。例え報われなくとも、彼を強く愛してしまっている。そんな男が戦っていると言うのに……。 力の無い自分には何もできず、ただ祈ることしかできない。 戦況は圧倒的不利だった。数々の異形の者を退治してきた剛剣は、Sクラスの異形の者の皮膚には刃が立たない。 焼けただれた皮膚を狙っても、その箇所はすでに治癒しかけているのか、瘡蓋と思われるものに覆われており、他の箇所よりも硬度が高くなっていた。 剣以外の武器を持たないアレスが、剣が効かない相手に決定打を与えることなどできるはずがない。 ふと自分に、アレスの話した女神の力があったらと馬鹿な想像をする。そんなことを考える自分がどうしようもなく情けない。 女神なんて存在しないのに。それを伝えるためにここに来たのに。 「ぐぅっ!」 苦悶の声。異形の者の耳がアレスを弾き飛ばした。剣で直撃を防ぎ、衝撃は受け身により分散させたものの、その攻撃はアレスに対して確実にダメージを与えていた。 ボーッと立ちつくして戦闘を見守るだけだったラヴェルナは、その光景に目を見開く。 (何かせな! 何もしないなんて耐えられへん。ウチらしくあらへん!) 女神の話を聞いてからというもの、心が弱くなってしまっていた。 その原因は敗北感。自分よりも強い想いをアレスに感じてしまったから、自分の想いに自信を持てなくなってしまったから。 だが、アレスの危機に『自分』が呼び起こされる。 当たって砕けても当たり続けろ。 (そうや、ここでなにもせんかったら、負けたままや。 ウチの想いかて負けてへん!) アレスはダメージを受けたものの、戦闘には支障がないようで、決定打が無いまま膠着状態となっていた。 自分にできること。ただがむしゃらに戦闘に割って入ったところで、アレスの邪魔となるだけだろう。 アレスの手助けをするには何か武器が必要だ。この場には討伐隊の第一陣と第二陣の形見とも言える武器がそこら中に転がっている。ラヴェルナはその中から使えそうな武器を探した。 巨弓は一人では扱えないし、効果も無かったはずだ。 いや、思い起こせば効果的な武器なんて一つもなかった。 「どないすればええんや……」 この中で一番効果がありそうなのは爆弾であるが、火をつけた相手に対してしか効果がない。最初の爆撃で火は既に消し飛んでいるため、火をつけるところから始めなければならないだろう。 しかしラヴェルナはただのコソドロ。弓など扱ったことが無かったし、肝心の火のついた矢もその場には見つからなかった。 「考えてもしょうがあらへん。もしかしたら、ぶつけるだけで爆発してくれるかもしれへんしな!」 ラヴェルナは持てるだけの爆弾を抱え、半ば破れかぶれでアレスと異形の者のバトルフィールドへ急いだ。 さすがのアレスも息が上がっていた。 現状を打破する算段も思い浮かばず、ただただ敵の攻撃をかわし、無駄だとわかっている斬撃を繰り返した。 効果の無い攻撃は、精神の疲労をも蓄積させる。 もう30分以上もこんな戦いを続けている。アレスに限界が訪れるのはそう遠くない未来だろう。今も気を抜けば意識が遠のいていきそうだった。 しかし、自分には諦められない理由がある。負けられない理由がある。その想いのみを糧に精神を保っていた。 そんな中、アレスと異形の者のバトルフィールドに投げ込まれるものが視界に入ってくる。 それは異形の者にぶつかったが、何も起こらず地面に落ちた。一瞬だけ視線を移すと、投げたものを大量に抱えたラヴェルナの姿がある。 (あいつか……。持っているのは爆弾?) 最初からその存在には気がついていた。 だが、敢えてその存在を認めなかった。あいつはどこまで自分にまとわりつくのか。 なぜ消えない? なぜこんな危険な場所まで来る? なぜ命をかけられる? その問いはそのまま自分に返ってくるようで、その答えも自分の中にあるような気がして。 ラヴェルナの投げつけた爆弾は、自分を救おうとする健気な一撃。いくらひたむきに想い続けようとも、その攻撃では異形の者は倒せないのに、なぜそんなことを続けるのか。 ……本当に? それを否定してしまっては、今自分がしていることを否定してしまうような気がした。 それは奇妙な感覚。このラヴェルナの必死の想いを生かすことできなければ、自分の想いも死んでしまうような。 激闘の中で生まれる不思議な一体感。 それは、強い想いを胸に生きている者同士の共鳴。 アレスはその中にひとつの勝機を見つけた。 「ラヴェルナ!」 不意に自分の名を呼ばれ、ビクリと反応するラヴェルナ。 「俺がこいつの口をこじ開けてる間にできるだけ爆弾を放り込め! できるかっ!?」 アレスからの言葉。アレスの視線。 それが自分へと向いている。 「コントロールにはちょいと自信があんねん! 大丈夫や」 生死を分けるこの場で、笑顔で応える。 そんなラヴェルナの声にコクリと頷き、アレスは高く跳んだ。その行為は異形の者に対して一瞬の隙を作る。 飛んだアレスの現在位置から考え、異形の者にとって有効な攻撃手段は一つ。 噛み付きによる攻撃。 大きく口を開ける異形の者、アレスはその口に誘われるままに口内へ侵入を計る。 それを阻むように閉じられる口。何もしなければ、異形の者の鋭利な歯によって、アレスは致命傷をうけてしまう。しかしアレスは、口が閉じられる前に手にした剣をつかえ棒としてその攻撃を阻んだ。 ガギッっという嫌な音が響く。 (今や!) 合図がなくともそう感じた。直感で感じた攻撃のタイミング。 閉じられない口めがけて素早く爆弾を投げ込む。 いくつかは狙いが外れたが、三個ほど爆弾が口内に入り込んだ。 アレスもそのタイミングを直感で感じた。 異形の者は、異物により失敗した噛み砕くという行為を、もう一度勢いをつけて試みるために大きく口を開いた。 その瞬間を見逃さず、アレスは口内から脱出し、去り際に渾身の一振りを異形の者の歯に加えた。 勢いよく固いもの同士がぶつかり、強い摩擦が起こることにより火花が走る。 それが爆弾の着火に繋がった。 異形の者の口が閉じる瞬間に爆発する。 閉じられた口内で炸裂する爆弾は、強靱な皮膚をもつ異形の者とて防ぎきれない。 こもった爆音と共に、異形の者の目玉が勢いよく飛んだ。 異形の者とて、命ある者。思考を司る頭部の破壊は致命傷へと繋がった。 空中で剣を背に収め、着地するアレス。 異形の者が力を失い倒れたのは、それとほぼ同時だった。 |