女神の騎士

20

(全滅してまうやん……)
 木の陰から討伐隊の第二陣と異形の者の戦いを見守っていたラヴェルナは、爆撃でも仕留められない異形の者の猛攻に戦慄した。
 アレスの姿が無いのは喜ばしいことなのかもしれない。
 あんなバケモノ相手では、いくらアレスが強いと言っても確実に殺されてしまうだろう。
「来たらアカンで……アレス」
 祈るように呟く。
 アレスに会いたい気持ちは山々だが、アレスが死んでは元も子もない。生きていればチャンスはいくらでもあるはずだ。
「た、たすけてくれぇぇぇえ!」
 普段は誇り高い姿勢を崩さない名誉ある騎士が悲鳴をあげる。それはこの場がその誇りをもかなぐり捨てさせるような惨状であることを意味していた。
 悲鳴をあげて逃げる騎士に、耳による無情な一撃。
 その一撃によって気絶したのか絶命したのかはわからないが、動かなくなった騎士はもう一方の耳により捕獲され、口に放り込まれたことにより生存の可能性が絶たれた。
 最初は確かに戦闘だった。しかし今ではただの虐殺に変わってしまっている。
 見るに堪えない光景だったが、ラヴェルナは異形の者から目が離せずにいた。そこにアレスが現れる可能性があるからだ。
 やがて最後の一人も食い尽くした異形の者は勝利の咆吼をあげた。
 爆撃により焼けただれた皮膚と血に濡れた口元によって、さらに不気味さを増したその姿に嘔吐しそうになる。
 しばらく咆吼をあげつづけていた異形の者は、それに飽きたかのように辺りを見回し始めた。
 巨大な目の片方は先の爆撃により潰れていたため、残った一つの目がギョロギョロと動く。
(第三陣はまだかいな……)
 第二陣が全滅した今、頼りは第三陣だけだが一向に現れる気配はない。
(何しとるんや、はよせな異形の者が動き出してまうで)
 やがて地響きが起こり始める。異形の者が動き出したのだ。その歩みはゆっくりであったが、確実にタークドの町の方へ向かっている。
(ヤバイやん……どうすんねん)
 タークドは大規模な町である。こんなバケモノが襲来しては、その被害は計り知れない。
(止まれ……止まれや……)
 再び祈るラヴェルナ。
 その祈りが通じたのか、異形の者が動きを止めた。目と目の間にある鼻とおぼしき箇所をひくつかせながら、注意深くまわりの様子を伺っている。
 獣は鼻が利く。それは周知のこと。ラヴェルナは嫌な予感がした。
 目玉がギョロリと動き、ラヴェルナが身を潜めている木に向けられる。
「シャレにならんてーっ!」
 危険を察知し、隠れることをやめて全速力で走る。それが功を奏してラヴェルナは命を繋げた。
 次の瞬間には、ラヴェルナの隠れていた木は異形の者の耳によってなぎ倒されていた。
 一瞬でも判断が遅れていたら、それに巻き込まれてしまっていたことだろう。
 しかしそれは一時凌ぎに過ぎない。異形の者に対抗しうる力を持たないラヴェルナが、騎士達を全滅させたバケモノの攻撃から逃れ続けることなど不可能だった。
「こないなところでくたばってたまるかいな! ウチにはやらなアカンことがあるんやーっ!」
 追撃に備えて全速力で走って距離をとる。
 しかし予想された追撃は無く、異形の者は別の方向を見ていた。
 異形の者に知能があるとは思えない。獣の習性としては、一度狙った獲物から、目標を変えるなど考えにくいことだ。
 しかし、異形の者の特性を知っていれば思い当たるものがある。
 マーキングされた者が近づいてくれば、そちらを狙うだろう。
「やっぱり神様なんておらんわ……。祈りなんて届かへん」
 むき出しになった左腕にマーキングされた男が異形の者と対峙していた。
 背負った剛剣を構えるその男の目に怯えは無い。
 絶対的な使命感がその勇気を生む。求め続ける想いが強さを生む。
 彼は女神のために異形の者を倒す騎士。
「アレス……」
 ラヴェルナは哀しげな瞳で彼を見つめ、その名を呟いた。

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