女神の騎士

19

 タークドの南東に位置する山の麓では、討伐隊の第二陣とSクラスの異形の者による激しい戦闘が行われていた。 
 討伐部隊は、対異形の者用の兵器を装備した部隊である。
 異形の者は巨大さと瞬発力を併せ持つバケモノ。近距離戦を行うのは無謀である。そのために攻撃手段としては、遠距離武器を用いるのは必然と言えた。
 しかし、Sクラスの異形の者は皮膚が硬化していたり、分厚い皮と脂肪をもっているため、普通の弓では刃が立たない。
 それに対抗するために、対Sクラスの異形の者用の兵器が二つ開発されている。
 数人がかりで弓の弦を引き、巨大な鉄矢を撃ち出す「巨弓」と呼ばれるもの。
 そして火薬を詰めた、いわゆる爆弾が主な攻撃手段だった。
 その爆弾は、火薬が開発されてから間もないために技術が進歩しておらず、火をつけた相手に投げつけるという粗野な物だ。しかし威力は高く、大抵の異形の者であれば確実に致命傷を与えられる。
 その討伐隊の今回の目標となる異形の者は、まさしく異形の名に相応しい姿をしていた。
 遠くから見れば四つ足と二つの腕を持つ獣だが、腹部にあたる部分に大きな口が存在している。よく目をこらして見れば、胴体と思われた部分は巨大化した顔、腕に見える部分は進化した耳だとわかる。目玉はその顔に見合った巨大なサイズであるため、その不気味さは筆舌に尽くしがたい。
 だが三十人の騎士により編成された討伐隊は、その姿に圧倒されることなく果敢に立ち向かっている。
「てーっ!」
 討伐隊の指揮官と思われる騎士の号令とともに、巨弓から鉄の矢尻が放たれる。数本の矢が突き刺さるものの、異形の者はまるでダメージを受けていない。この異形の者の毛皮と脂肪は、この武器では撃ち抜けないようだった。
 身震いするような仕草で突き刺さる矢を捨て去る異形の者。そのはじき出された鉄の矢に、機動力の乏しい何人かの前衛部隊が貫かれた。
 前衛部隊は強固な全身鎧に身を包んでいる。機動性よりも、攻撃力よりも、防御力を優先した部隊。異形の者の攻撃に耐え、動きを止めるのが彼らの役目だ。
 最初は二十人の前衛隊がいたが、異形の者との激しい攻撃により、今はその数が半分まで減っている。
「くっ、この大きさでは刃が立たない! 第三陣が来るまで爆弾による攻撃を仕掛けるぞ!」
 討伐隊が第一陣、第二陣というように別れているのは、扱う巨弓の大きさに理由があった。巨弓は威力があり、効果的なものの運用が難しい。どうしても部隊の機動力に影響を与えてしまう。しかし、一番大きな巨弓が到達するまで異形の者が待ってくれるはずもなく、機動力の高い部隊から順に異形の者の討伐にあたるのだ。
 巨弓を扱っていた騎士達が一斉に、矢尻に袋のついた弓に装備を変えて放った。
 中規模の巨弓でも貫けない異形の者の皮膚に対して、通常の弓がダメージを与えられるはずもないが、ダメージを与えることが目的ではない。突き刺さる瞬間に袋が破れ、中に入っていた液体が異形の者にかかる。
 間髪入れずに第二射を放つ騎士達。今度の矢尻には火がついていた。
 第一射で浴びせたのは油。この第二射で効果的に火をつけるためのものである。
 部隊の思惑通りに油に引火し、火に包まれる異形の者。
「前衛隊下がれ! 爆弾投げ開始!」
 号令とともに前衛が下がり、爆弾を手に持った騎士達が異形の者めがけて投げつける。
 引火し炸裂する爆弾。
 爆音と異形の者の咆吼が響く。大量の爆撃による煙により異形の者が見えなくなっていたが、部隊は勝利を確信していた。
 それほどこの攻撃には絶対の自信があるのだ。
 なお、20人で編成された第一陣は、爆弾を使用する前に前衛部隊を突破されて全滅した。
 しかし爆煙がおさまり、うっすらと異形の者のシルエットが見えた時、再び異形の者の咆吼が響き渡る。
 焼けただれた皮膚が爆弾の直撃を如実に表していたが、異形の者はその行動を止めることなく、爆撃前と変わらぬ瞬発力で部隊に攻撃を仕掛けた。
 前足により潰される者。
 耳により弾き飛ばされる者。
 巨大な口により噛み砕かれる者。
 爆弾はまだ残っていたが、前衛部隊が全滅して陣形を崩された討伐隊には、異形の者に対抗する術は無かった。

18へ 戻る  20へ