女神の騎士

 人が動くたびに軋む木の底板。天気のいい日は日光だけを頼りに運営するその店は、値段は安く、気分は軽くを売りにした庶民的さゆえ、昼間から酒を飲む連中がたむろする。酒好き話好きが集まるこの安酒場は、酒の匂いと笑い声で充満していた。
 小柄で歳も若いラヴェルナは、この店には不釣り合いな存在だった。しかし、浮いていたのは最初だけで、持ち前の明るい性格と特異な方言により、すっかりその空気に溶け込み、今では人気者となっている。その手には、「娘に似ている」と言われて奢られた酒を手にしていた。
「破壊屋?」
 聞き慣れない言葉に、思わず声を裏返らせるラヴェルナ。その反応に、酒場の主人はニタリと笑った。
「まぁ、お嬢ちゃんみたいな子は知らないかもしれないが、俺たちみたいな人種には結構有名だ」
 この店はラヴェルナが昨晩仕事をした町の酒場。普段なら仕事をした町からはすぐに離れるのだが、今回は特別だった。
 異形の者に襲われたことによる恐怖。それよりなにより、あの男のことが気になって一睡もできなかった。
 運命的なモノを感じた。あの男ならば。そう思えた。
 それは直感的なものでしかなかったが、妙に信用できる不思議な感覚。自分の五感すべてがあの男を欲しいるような。
 とにかくもう一度会って。あとはそれから。
 具体的なことは思い浮かばない。
 話して、口説き落とす?
 ……想像できない。自分がどうするのか。どうなるのか。その感覚は甘く、しかし恐ろしくもあった。
 それでも思う。もう一度あの男に会いたいと。
 そのためにラヴェルナは、情報を求めてこの酒場にやってきたのだ。会話の溢れる酒場には、情報が転がっている。
「鍛えられた肉体と、お嬢ちゃんと同じぐらいの大きさの剛剣を用いて、古くなった建物を壊すことを生業としている男さ」
 一番情報に聡いと思われる店の主人に男の特徴を話すと、すぐにそれらしい情報が得られる。ラヴェルナはまたもや運命的なものを感じ始めた。
「そんな大きな剣を携帯している男なんてそうそういない。お嬢ちゃんの言っているヤツは、間違いなく破壊屋だろうな」
 少し得意になって話す酒場の主人。仕事中だと言うのに顔が赤いのは、客にすすめられるままに酒を飲んでいるからだ。
「名前とかわからへんの?」
「それがまた面白いところでな。一切情報がない。名前、出身、目的。フラーッとやってきて、解体予定の建物がないかを聞いてまわり、仕事を請けるんだ」
 話好きな酒場の主人は、なめらかな口調で言う。謎の男について解説することに、面白さを感じているのだろう。
「……ムゥ。ミステリアスなのは魅力的やけど、これじゃ手詰まりやなぁ」
「なんだい嬢ちゃん、破壊屋に一目惚れでもしたのかい?」
 難しい顔をするラヴェルナに、酒臭い息が感じられるほど顔を近づけ、からかうように言う主人。
「えっへっへ〜。そんなところや」
 酒の匂いも、主人のムサい顔も特に気にするでもなく、照れ笑いを浮かべるラヴェルナ。その人懐っこい笑顔に、酒場の主人もつられるようにニンマリと笑った。
「いいねぇいいねぇ。青春だねぇ。オラァ、お嬢ちゃんを応援しちゃうね」
「俺も応援しちゃうぜ」
 いつの間にか、会話に何人かの男がまぎれ込んでおり、その男達も主人と同じような笑顔を浮かべている。その男達は、ラヴェルナと同じぐらいの娘をもっていてもおかしくない年齢だった。
 この酒場の客層は、ほとんどがこの年齢が占める。
「ありがと、おじさんたち♪」
 ウィンクを一つして言うラヴェルナに、歓声に近い声をあげる男達。
 ラヴェルナはこういう場所で、中年男性に嫌われたことがない。その幼く見える外見と、人好きされやすい性格のおかげで、中年男性の父性をくすぐり、いつの間にかアイドル的な存在になってしまうのだ。
「あ、いらっしゃい。お、丁度いいところに来たな」
 ラヴェルナ中心で盛り上がる酒場に新たに来客がある。主人はその客の顔を認めると、手招きして呼び寄せた。
「お嬢ちゃん。こいつ、建設の仕事をしてるんだよ。もしかしたらなんか知ってるかもしれねぇぜ?」
「ホンマ?」
 呼ばれた男は、状況を掴めないままラヴェルナのとなりの席につかされる。
「な、なんだよマスター。やぶからぼうに」
「まぁまぁ、お嬢ちゃんが破壊屋について知りたいんだってよ。おまえなら職業柄詳しいんじゃねぇかと思ってな」
 バンバンと肩を叩く主人。その態度は客というより、友人のようだった。
「破壊屋?
 ……ああ、それならついさっき仕事を頼んだばかりだが……」
 釈然としないままサラリと言う男。その発言にラヴェルナは身を乗り出した。
「ホ、ホンマか!?」
「ああ、そのおかげで仕事も手間も減って、こうして酒を飲みにこれるんだから」
「こりゃ、ついてるでぇ!」
 歓喜の声をあげるラヴェルナ。その声を皮切りに、酒場全体が異様な盛り上がりを見せる。
「よかったなぁ、お嬢ちゃん」
「こりゃ運命的なんじゃないか!?」
 次々と喜びの声があがり、ラヴェルナはそれに応えるように立ち上がった。
「みんなアリガトーッ!」
 再び歓声があがる。
 酒が多めにまわっている男達の中には、感極まって泣いている者もいた。
「で、どこの破壊をするんだ?」
 男達の声援に応えるのに忙しいラヴェルナの代わりに、主人が先の男に聞く。
「ああ、四番地区にある家の解体を頼んだ」
「お嬢ちゃん。四番地区だと。この店からそう遠くない。店を出て右に真っ直ぐ進めばいい。ギャラリーも集まってるだろうし、すぐわかるはずだ」
 主人はラヴェルナに聞こえるような声量で、ラヴェルナにとって必要となるだろう情報を的確に提供する。
「おー、おっちゃん。ありがとなー。じゃあいってくるでー」
 ラヴェルナは気の利いた主人の声に礼を言うと、パタパタと音を立てて小走りに店を出て行った。
「がんばれよー」
 口々に言う男達。
 ラヴェルナの来店により、すっかり柔らかい雰囲気になった店内に主人は微笑むが、ふと何も注文することなく情報だけ得ていったラヴェルナの狡猾とも言える行動に気付き、微笑みを苦笑に変えた。
 しかしラヴェルナの表情や声色を思い返すと、不思議と少しも負の感情は持たなかった。


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