女神の騎士

16

 ベッドの上で膝を抱えてうずくまる。
 それはラヴェルナが孤児院にいた頃によくとったポーズであった。どうしようもない寂しさを感じたとき、自分で自分を抱きしめるように。
 恒例行事となりつつある夜這いの時間だったが、今日はその気も起きない。
「タークドまでは責任を持っておまえを護る。
 おまえにマーキングした異形の者も、俺が呼び寄せたものかもしれないからな」
 別々の部屋へと入る直前にアレスはそう言った。あの話を聞く前なら、喜んでいたのかもしれない。しかし、今はその言葉に潜む存在を強く感じてしまう。
「女神なんて……ホンマにいるんかいな」
 彼女自身は半信半疑だった。
 だが先も思ったように、それ自体は問題ではない。アレスがその存在を求め続けていることが問題なのだ。
 女神という存在が実在するとしても、そうでないとしても同じ事。手の届かない存在が相手なのだ。
「妻に先立たれた男とも勝手がちゃうしなぁ……」
 アレスの想いは現在進行形。
 手の届かない相手は存在するかもしれなくて。
 そしてアレスの最終目的はその存在との再会だ。
「ホンマ、キッツイでぇ……」
 決着がついてからなら、まだどうにかできる気がする。それはすなわち、異形の者を滅ぼした時。
 女神が存在しないのであれば何も起こらず。
 女神が存在するのであれば再会を果たす。
 前者の方が都合がいいが、後者であっても現状よりは遙かにマシだ。決着がつけられない気持ちほどやっかいなものはないのだから。
 しかし、異形の者を滅ぼすこと自体も可能かどうか。いや、どこからどんな風に生まれてくるかわからないその存在を滅ぼすことなど不可能に近いだろう。
 だとしたら、その想いはどこまで続くのだろうか。
「八方塞がりやんか」
 膝を抱きしめる力を強めても、気持ちは少しも落ち着かなかった。
「……アレス」
 その姿を思い浮かべると涙が出てくる。物理的な距離ならば、壁を一つしか隔てていないのに、心はどこまでも遠い。
 彼は今夜も異形の者を退治しているのだろうか。
 今まで独りでどのぐらいの数の異形の者を葬ったのだろうか。
 鍛え上げられたその身体。異形の者を斬り伏せるその剣技。
 そのすべては女神のために。
「アレスはさながら……女神の騎士かいな」
 涙で冷たくなった服の袖に頬を寄せて呟いた自分の言葉が、イヤに耳についてさらに切なくなった。

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