女神の騎士

15

 日は傾き始め、空が赤く染まっていた。次の目的地まではあと数キロメートルで着くだろう。
 アレスは自分の過去を語り続け。ラヴェルナは耳を傾け続けた。
「俺が寝ていたのは、城の医務室だった。
 村を襲った異形の者は、騎士団により討伐されたらしい。 
 村は全滅。ベローナの姿は騎士団には確認されなかった。
 ……身寄りのなくなった俺は、志願して騎士団に入った。
 十四年も前の話になる。まだ異形の者が発生したばかりだった。その時代は自警団なんかが組織されていなかったから、それが異形の者を滅ぼすための一番の近道だと思った」
「……それで、騎士団で力を手に入れてからは、わざとマーキングされて異形の者を夜な夜な退治してるってわけかいな」
 声を出してみて口の中がひどく乾いているのに気がつく。よく見ると足下もおぼつかない状態になっていた。
 何もかもが不安定な状態。
 自分の理解の範疇を越える話を聞いてしまった代償。
「そうだ。騎士団にいては一定の地域にいる異形の者しか退治できない。だから騎士団を脱退して今のように旅をしている」
 そして……。
「すべては……ベローナさんに会うために……か」
 アレスの気持ちを思い知る。
「そうだ」
 まっすぐな視線。迷いのない回答。アレスがずっと見ていたのはベローナだったのだ。
 恋敵がいることなど多々あった。むしろ、一人の女性をひたむきに愛する男性に惹かれることが多かった。その目を自分に向けさせることが、一途な想いを手に入れる一番の方法に思えたからだ。
 しかし、今度の相手は女神である。
「め、女神なんて、そんなんいるワケないやろ。幻覚とか思いこみやったんと違うか?」
「………………」
 自分でもひきつった笑顔をしているのがわかった。
「そんなアホな話があるかいな……」
「俺の話を信じる信じないはおまえの勝手だと言っただろう」
 混乱にするラヴェルナに冷たく言い放つアレス。
 ラヴェルナは足を止め、下を向いた。その手は強く握りしめられ、歯を食いしばっている。アレスはその様子に気がつき、足を止めた。
「ウチが信じるとか信じないとか、そんなん関係ないねん……。
 アレスは信じとるんやろ? ……女神の存在を。
 ベローナさんに会いたいから、命を張ってまで異形の者を退治しとるんやろ?」
 強くなるラヴェルナの口調。
 そう、ラヴェルナにとって問題なのはそれだった。
 例えここで自分が女神の存在を信じないとしても、アレスは信じているのだ。頑なにそれを求め、異形の者と戦っている。
「俺はこの生き方を選んだ。だから、おまえの期待には応えられない」
 トドメのような決定的な言葉をぶつけられた。
 アレスはラヴェルナの本気の気持ちを受け止めたからこそ、すべてを話したのだ。
 胸に秘めた想いの吐露。きっとアレスにとっては最大級の誠意だったはずだ。それがわかったからこそ、ラヴェルナは相当堪えていた。
 自分が本格的にふられたことを思い知ったのだから。


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