女神の騎士
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「……そ、そんなん……」 耳を傾けることに集中していようと思ったが、口からこぼれでてしまった。それを受けて、前を歩きながら話していたアレスが立ち止まって振り返る。 「信じられないか?」 喉まで出かかった言葉がアレスによって遮られる。 アレスのその言葉は、ラヴェルナが口にしようとしていた言葉を代弁していため、ラヴェルナは頷くことも首をふることもできなかった。異形の者のランクを下げる力を持つ存在など、今まで聞いたことがない。 「ここから先はもっと信じられない話になる。馬鹿馬鹿しいと思うなら聞かなくてもいい」 言って再び前を向いて歩き出す。 「聞く! 聞くで!」 ラヴェルナは小走りでアレスの横に並んだ。 アレスはチラリとラヴェルナに視線を向けると、一度目を閉じ、深呼吸をしてから口を開く。 「ベローナは、確かにあの時言ったんだ……」 *** 気がつくとベッドに横たわっていた。 額に巻いた包帯はじんわりと赤く染まっており、体中に小さな傷がある。だけど自分は生きている。 そのことを実感するために手を上をかざし、無意味に開いたり閉じたりを繰り返した。 見慣れない天井を見つめていると、光に包まれたベローナが頭をよぎる。 アレスはいいようのない不安を感じ、鉛のように重い体になんとか鞭を打って体を起こした。 薄暗い部屋を見渡すと、自分の知らない場所であることを実感する。 村はもう焼けてしまったのだ。 頭に痛みが走った。その痛みが引き金となり、溢れてくる涙。 「うっ……ううっ」 声をあげて泣いてしまう寸前。 アレスを温かい光が包み込んだ。 すべての苦しみから解き放ってくれるようなそんな光。 その光はぼんやりと人を象る。 「ベローナ……お姉ちゃん……」 アレスがその名を口に出すと、それに応えるかのように光はベローナに姿を変えた。 「お姉ちゃん!? どうしたの? お姉ちゃん!?」 その光は今にも消え入りそうで、アレスは焦燥感に駆られて叫んでいた。 「……アレス」 ベローナが笑顔を作る。アレスはそれだけで、心の平静を取り戻せた。 「どういうことなの? どうなってるの?」 次に出てくるのは疑問。 今の目の前にいるベローナは確かにベローナに見えるが、実体がないように見える。 「……ごめんね、アレス。私は普通の人間じゃないの」 謝罪と信じられない言葉。 何も言えずにただ、ベローナを見つめるアレス。 「私は、村を襲った存在と対なす存在。人々に平穏を与える存在。あなたたちは『女神』と呼んでくれてるわね」 女神。 女神がこの世に存在するのであれば、ベローナのような女性であると思った。あの時、思わずベローナを女神だと感じた。 そして今、彼女の口からそれが現実であると告げられる。 「でも私、力が弱くて……。対なす存在の力を抑え込むことで精一杯。 ……でも、こんな私の力でもできることがあるから。 天界から対なす存在の力を抑え込むための光を送り続けるわ」 笑顔のままで喋り続けるベローナ。アレスはただ呆然とするばかりだった。 しかし、その言葉の意味するところに気がついた瞬間、体の痛みも忘れてベローナにすがりつこうとする。 「お別れなのっ!?」 ベローナの体を掴もうとしてすり抜ける手。 「ごめんなさい」 「イヤだっ、イヤだよっ!」 どうすることもできず泣き崩れた。 添えられる手。その手に質感は無かったが、頭を撫でるように動くそれには確かな温もりがあった。 その温もりはどんな言葉よりも説得力があり、アレスに別れの事実を受け止めさせた。 「……もう、会えないの?」 震える声で聞く。それは質問と言うよりは懇願に近かった。 ベローナは少しだけ考えて口を開く。 「……対なす存在が、この世から滅びたら……」 アレスにとってその言葉は、救いの言葉だったのか。それとも戒めの呪いだったのか。 「ほ……んと?」 その言葉の真偽を確かめるためベローナを見上げる。すべてを包み込むような笑顔で、アレスの言葉にゆっくりと頷くベローナの体は、より一層透き通って見えた。 感じる最期の瞬間。 「もう行かなくちゃ……」 その声も消え入りそうで。 「……必ず! 必ずだよ!!」 アレスはベローナが可視できなくなってもなお、何度も何度も叫び続けた。 |