女神の騎士

14

「……そ、そんなん……」
 耳を傾けることに集中していようと思ったが、口からこぼれでてしまった。それを受けて、前を歩きながら話していたアレスが立ち止まって振り返る。
「信じられないか?」
 喉まで出かかった言葉がアレスによって遮られる。
 アレスのその言葉は、ラヴェルナが口にしようとしていた言葉を代弁していため、ラヴェルナは頷くことも首をふることもできなかった。異形の者のランクを下げる力を持つ存在など、今まで聞いたことがない。
「ここから先はもっと信じられない話になる。馬鹿馬鹿しいと思うなら聞かなくてもいい」
 言って再び前を向いて歩き出す。
「聞く! 聞くで!」
 ラヴェルナは小走りでアレスの横に並んだ。
 アレスはチラリとラヴェルナに視線を向けると、一度目を閉じ、深呼吸をしてから口を開く。
「ベローナは、確かにあの時言ったんだ……」

 ***

 気がつくとベッドに横たわっていた。
 額に巻いた包帯はじんわりと赤く染まっており、体中に小さな傷がある。だけど自分は生きている。
 そのことを実感するために手を上をかざし、無意味に開いたり閉じたりを繰り返した。
 見慣れない天井を見つめていると、光に包まれたベローナが頭をよぎる。
 アレスはいいようのない不安を感じ、鉛のように重い体になんとか鞭を打って体を起こした。
 薄暗い部屋を見渡すと、自分の知らない場所であることを実感する。
 村はもう焼けてしまったのだ。
 頭に痛みが走った。その痛みが引き金となり、溢れてくる涙。
「うっ……ううっ」
 声をあげて泣いてしまう寸前。
 アレスを温かい光が包み込んだ。

 すべての苦しみから解き放ってくれるようなそんな光。

 その光はぼんやりと人を象る。
「ベローナ……お姉ちゃん……」
 アレスがその名を口に出すと、それに応えるかのように光はベローナに姿を変えた。
「お姉ちゃん!? どうしたの? お姉ちゃん!?」
 その光は今にも消え入りそうで、アレスは焦燥感に駆られて叫んでいた。
「……アレス」
 ベローナが笑顔を作る。アレスはそれだけで、心の平静を取り戻せた。
「どういうことなの? どうなってるの?」
 次に出てくるのは疑問。
 今の目の前にいるベローナは確かにベローナに見えるが、実体がないように見える。
「……ごめんね、アレス。私は普通の人間じゃないの」
 謝罪と信じられない言葉。
 何も言えずにただ、ベローナを見つめるアレス。
「私は、村を襲った存在と対なす存在。人々に平穏を与える存在。あなたたちは『女神』と呼んでくれてるわね」
 女神。
 女神がこの世に存在するのであれば、ベローナのような女性であると思った。あの時、思わずベローナを女神だと感じた。
 そして今、彼女の口からそれが現実であると告げられる。
「でも私、力が弱くて……。対なす存在の力を抑え込むことで精一杯。
 ……でも、こんな私の力でもできることがあるから。
 天界から対なす存在の力を抑え込むための光を送り続けるわ」
 笑顔のままで喋り続けるベローナ。アレスはただ呆然とするばかりだった。
 しかし、その言葉の意味するところに気がついた瞬間、体の痛みも忘れてベローナにすがりつこうとする。
「お別れなのっ!?」
 ベローナの体を掴もうとしてすり抜ける手。
「ごめんなさい」
「イヤだっ、イヤだよっ!」
 どうすることもできず泣き崩れた。
 添えられる手。その手に質感は無かったが、頭を撫でるように動くそれには確かな温もりがあった。
 その温もりはどんな言葉よりも説得力があり、アレスに別れの事実を受け止めさせた。
「……もう、会えないの?」
 震える声で聞く。それは質問と言うよりは懇願に近かった。
 ベローナは少しだけ考えて口を開く。
「……対なす存在が、この世から滅びたら……」
 アレスにとってその言葉は、救いの言葉だったのか。それとも戒めの呪いだったのか。
「ほ……んと?」
 その言葉の真偽を確かめるためベローナを見上げる。すべてを包み込むような笑顔で、アレスの言葉にゆっくりと頷くベローナの体は、より一層透き通って見えた。
 感じる最期の瞬間。
「もう行かなくちゃ……」
 その声も消え入りそうで。
「……必ず! 必ずだよ!!」
 アレスはベローナが可視できなくなってもなお、何度も何度も叫び続けた。




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