DD

 暗い自室で俺は膝を抱えて震えていた。
 ガチガチと歯と歯がぶつかりあい、嫌な振動が頭に響いていた。
 脳髄に焼き付いて離れない映像。

 人の頭が砕けた。目も鼻も口もある人の顔がグチャグチャになった。
 硬いモノを砕いた感触の直後、柔らかいものを握り潰す感触を感じた。柔らかなモノは俺の指と指の間からブニュウッとあふれ出た。
 そしてそれらはなくならない。気化してなくなることはない。いつまでもいつまでもいつまでも俺の手に残った。飛び散った頭の部品は俺の顔にへばりついたままだった。
 Tではない。あれは紛れもなく人だった。人間だった。俺と同じ生き物だった。俺は人間を殺した。人間を……人間を……人間を……。
「ウッ……。ごえぇええええ……」
 あれから何度目かの嘔吐。胃の中にはすでに何もない。出るのは胃液だけだ。
 喉が焼けるような酸っぱさが痛い。Dは痛覚がないんじゃないのかよっ!?
 あれからシャワーを何度も浴びた。スーツは川に脱ぎ捨てた。
 だけど……、どうしても……右手に何かがこびりついているような気がする。
 金ダワシで力強くこすっても、きれいになった気がしない。


「どうだ? 人間を壊した気分は?」
 男の命を奪った後の大男の言葉はそれだった。
 俺は何も言えなかった。頭が真っ白になっていた。
「Tみたいなおもちゃとは違うだろ?」
 そうだ。俺が握りつぶしたのはTじゃない。
「おまえは壊さないでやるよ。見逃してやる。今は動けなくても五分もすりゃ走れるようになるだろ。それがDだ。驚異的な回復力。運動能力。Tを壊すだけじゃもったいねぇと思わないか?
 ……Dの力、もっと有効に使えよ」
 頭の中は真っ白になっているはずだった。しかし大男の声は不思議と記憶に残っている。
「……まぁどうするかはおまえの勝手だ。だがな、これだけは言っておくぜ。Dが罰せられることはない。警察なんて相手にならない。
 ……DDに処理されるなんて教えられたかもしれないが、もしそうならなぜ俺はここいる? 実際にいるなら俺はとっくに殺されてるぜ? DDなんてのはただの脅しなんだよ。
 ……要するに。俺たちDは何をやっても罰せられることなんてないってわけさ」


「はぁ……はぁ……はぁ……」
 俺はひたすら手を洗った。Dの力をフルに使って両手を擦った。
 しかし、あの感触は洗い流すことはできない。
 Tよりも脆かった。しかしTよりも熱く、そう……Tよりも……命を握り潰したという感覚があった。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
 強く擦りすぎて手の皮が剥け始めた右手を見つめる。
 この手で潰した。人間の頭をこの手で潰した。Dの力で命を奪った。
 Dの力。
 大男の言うとおり五分程度で走れるようになった。一時間以上経っている今はもう全快している。改めて自分が化け物になったことを思い知った。
 俺は化け物だ……人間の頭をこの手で砕いた……。
「ふふ……ははっ……」
 ……そうだ。俺は化け物なんだ。
「ははっははははは……」
 人間じゃない。もう俺は人間じゃない。
「くっくっくっくっ……」
 笑いが止まらない。
 なぜそんなことに今まで気付かなかった。
 ……俺はD。化け物。あいつの言うとおりだ。何をやっても罰せられることなんてない。罰することなどできるはずがない化け物。
 俺はTの処理をする時に自分が解放されると思っていた。しかし……解放しきっていなかったんだな。

 ググッ。

 右手を強く握った。
 さっきは理性が邪魔をして味わうことができなかった。自分を解放しきっていたら、きっとどんな高級な蜜よりも甘い味がしたはずだ。
 それに気がついた俺はいてもたってもいられなくなった。
 もう一度……。
 もう一度あの感触を味わいたい。そして、俺の大好きなあの音をもう一度……。





 モウイチドアノオトヲ……。





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