DD
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グチャッ……ブチャッ。 湿り気のある音が耳を心地よく刺激する。 Tはすでに人の形をしていなかった。ねじ曲がった手足、すっかり中身を毟り取られた腹。強い力によってへこんだ胸板。 これ以上壊しようがない。 「……仕上げだ」 俺は独りごち、Tの頭をガッチリと掴んで持ち上げる。 さぁ、今日も俺を満足させるいい音を聞かせてくれ。 メギギィッギギギギ。 そう、これだよ。この手応え。必死に抵抗しているんだよな? 死にたくないんだよな? だけどな、おまえは俺の力の前にはどうすることもできないんだぜっ? 圧倒的な力。理不尽な力。それに逆らうことなどできない。その力を行使するのが自分。まるで神にでもなったかような気分だ。 気持ちが高揚し体中が熱くなる。そのせいで右手に力が入った。 バキャ……。 一つの命が終わる音。何度聞いても最高だ。 プシュアアアアァアアア……。 気化するT。こいつを消し去ったのは俺だ。こいつが存在できないようにしたのは俺だ。 「へへっ……へへへ……」 俺は声を殺して笑った。笑わずにはいられなかった。 「……ああがぁっ!?」 そこに突如悲鳴が響いた。興奮しすぎて熱くなりすぎた頭は一気に冷め、かわりに焦燥感が頭を支配した。 見られたっ!? ダンッ! 俺は地を蹴り声の方へ向かう。 Dの力を人に見られた場合は、その人間をDにするか記憶の操作をしなければいけない。 男の悲鳴だった。聞いたことのない声色。俺の行為を見て恐怖に駆られたのか。それとも別の理由か? 街灯の無い裏路地。そこに悲鳴を上げた男はいた。 「なっ!?」 俺は思わず驚愕の声をあげてしまった。口を塞いだがもう遅い。 そこに広がっていたのはおよそ現実とは思えない光景だった。 二人の男がいた。一人はかなりの大男。二メートルに近いその身長だけでなく、着ている衣服を引きちぎらんばかりに膨らんだ筋肉が、さらに男を大きく見せている。 いや、その男は問題ではない。 もう一人の男。もう一人の男は……。 「ぁぁ……」 聞こえるか聞こえないかわからないほど小さなうめき声を上げている。 喉が潰されていた。両腕が折られていた。片足が引きちぎられていた。 顔は原型が解らないほど腫れ上がって、至るところから血が滲み出ている。 あれは……Tじゃない……人間だ。 足がガクガクと震えた。 あれは俺が今壊してきたTとは違う。人間だ。 人間。あいつは人間を壊している。しかも見る限りあいつは刃物なんかを持っていない。素手であそこまで壊している。 Dだ。あいつはDだ。 Dの中にはその力を別のことに使う輩がいると言う。人間を処分するD。 Dになる時に教えられたことを思い出す。Dの力をT以外に使うものを見つけたら。速やかに連絡を入れるか処理せよ。 電話……そうだっ……。電話……。俺は震える手で懐から携帯電話を取り出し、メモリから『緊急連絡先』を探した。 しかし。 ガッ! 一陣の風が吹き俺の行動を阻止する。風が携帯電話を俺の手からもぎ取った。 勢いよく吹っ飛んだ携帯電話は闇空に飲みこまれる。収拾は不可能だろう。 目の前に片足をあげている大男がいた。 さっきのはおそらくこいつが放った蹴り。間違いない。こいつはDだ。 「警察にでも連絡しようとしていたのかい?」 月明かりしか頼りにならないこの裏路地では、はっきりと大男の表情は見えない。しかし、笑っていることは声色からわかった。 どうするっ? どうするっ? 連絡が入れられない今となっては……。 ビュオッ! 俺は渾身の力を込めて拳を振るった。Dである俺の渾身の力は、装甲車でさえその形を歪める。相手がDだとしてもただでは済まないはずだ。 ブンッ……。 しかし、拳は目標をとらえられなかった。男は体を少しだけひねることで俺の拳をかわしていたのだ。 その結果、強すぎる力で振るわれた拳に、自分の体が振り回されることになり俺はよろめいた。 「……その力……。Dか」 ドスッ! 延髄に衝撃が走る。首がガクンと派手に動き脳が揺れた。次に待っていたのは猛スピードで迫るアスファルト。 ゴッ! もの凄い衝撃と共に俺の体はアスファルトに叩きつけられバウンドしていた。 不思議と痛みは感じていない。ただ、もの凄いスピードで頭が動いたため気分が悪くなった。 二、三度バウンドし、やっと体が地面に落ち着く。やはり痛みはない。しかし全身に力が入らなかった。 「驚いた顔をしてやがるな。やられたのは初めてか?」 大男が俺の髪を掴んで立ち上がらせ、俺が地面に足をつけるのを確認してから髪を放す。少し感覚はおかしいが立つことができた。 「痛くはないだろ? Dになると痛覚が失われるからな」 痛みを感じないだと? ……助かったかもしれないな。この衝撃だ。どんな痛みを感じるか想像するだけで鳥肌が立つ。 いや、そんなことはどうでもいい。 ……どうするっ? 何度目かの自問。 考えていたって仕方がない。相手は人間を嬲り殺すようなDだ。俺を生かして帰すわけがない。 やるしかないってことだ。 「ふっ!」 俺は力一杯踏み込んで蹴りを放つ。 「D同士、身体能力に差はない」 その蹴りは大男の腕に軽くはじき返される。その衝撃でバランスを失い、俺は無様に俯せに突っ伏した。ここまで足がふらつくのは、さっきの攻撃の後遺症があるかもしれない。 「どれだけ力を使いこなせるかがDの優劣の基準だ」 まるで教鞭を振るう教師のように大男が言う。 「おまえはおそらく、Dになって1ヶ月にも満たないだろう? 俺は1年もこの力とつき合っている。つまりおまえに勝ち目はないってわけさ」 ドゥッ! 俺の背中に、大男の三十センチはあるであろう足が振り下ろされる。 「ごえぇっ!」 痛みを感じないかわりに、胃液の酸っぱさとバキバキという骨の砕ける音だけはやけに強く感じとれた。 「はぁはぁはぁ……」 呼吸が荒くなっていた。……息が乱れたのは随分と久しぶりだ。それだけ体がやばい状態なんだろう。体が動かない。 「…………」 大男はそんな俺を黙って見据えている。 ……殺される。俺はこいつに殺されるのだ。 俺はTのように壊される。 どんな壊され方をするのだろうと、恐怖にかられていた俺の予想を裏切り、大男は突然しゃがみこむ。そして俺に顔を近づけニタリと笑った。 「おまえに……いいことを教えてやろう」 首根っこを捕まれてズルズルと引きずられる。もう抵抗する気力はない。俺は目を閉じて静かに死を待っていた。 やがて動きが止まり、俺の手の甲に何かかが被さる。伝わってくる感触から察するに、おそらく大男の手だろう。かなりでかい……手が小さいとはいえない俺の手をすっぽりと包み込んでしまっている。 何をするつもりだ? 恐怖のために視界を閉じていたが、好奇心のせいで再び視界を開いてしまう。 俺の視界がとらえたのは、Dにボロボロにされた男の頭の上に俺の手が乗る瞬間だった。 「ひっ!」 その男の顔はひどい状態だった。よくボコボコにされると表現されるが、その言葉では表現できない。再び視界を閉じたかったが恐怖のあまり全身が硬直して瞼が閉じられなった。 「がぁぐげげぇ……」 潰された喉を必死に振るわせ声を出そうとしている。やめろ……やめろ……そんな顔で、そんな声で俺に何か訴えるのはやめろ! 俺には何もできない!! 「さぁ……。教えてやろう」 ぐぐっ! 俺の手の上に被さっていた男の手に力が入る。な、何をするつもりだ!? 「げがががぁがが!!」 目を見開き、文字通り声にならない声を上げる。 ……まさか! メキキキ……。 男の頭蓋骨が悲鳴を上げる。その感触と音はTのものと似ていたが、まったく別物のように感じた。 やめろ! やめろ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! 俺の願いとは裏腹に男の手にさらに力が入る。 「あがああぁあがぁあっっがああがあぁあああががあ!」 メッギギギギギギギ……。 やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! やめてくれ! ギギッギ……。 バキャ………………。 |
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