DD

 仕事を終わらせた俺は、最寄り駅に近くにあるパチンコの換金所へ向かっていた。
 ……しかし、今日もよく働いたな。Dであるために肉体的な疲労を感じることは無かったが、精神的な疲れはある。
 少し前までは肉体的にも疲れていたのか。信じられない話だ。
 心身共に疲れ果て、やっと仕事を終わらせても待っているのは満員電車。朝よりも人は少ないが、それでも押しつぶされそうになることがある。
 いや、それ以上に利用者の表情が嫌だ。疲れ、苛立ち。そんなものをベットリと塗りたくった顔は、見ているだけで吐き気を催してくる。
 こんな電車に二十分近くも乗り、家からの最寄り駅に着いても十五分以上歩かなければいけない。
 本当に……Dになる前の自分が信じられない。
 こんなことを毎日続けてよく平気だったな。自分の解放をする機会も無かったというのに……。
 いや、そうでもないか。
 夜の闇を恐れ、街灯をギラギラと輝かせる町。ここに歩く人間たちのほとんどは、昔の俺と同じのはずだ。
 きっとこいつらは気がついていないんだ。
 本当の自分に。
 自分を解放する術を知らないこいつらは、本当の自分の存在すら知らないのかもしれない。だから生きていけるのだろう。
 そうでなければ説明がつかない。俺は……自分を解放する術を知っている俺は、もうこいつらのような生き方は到底できないだろうから。
 パチンコ屋の換金所に着いた俺は、おもむろにポケットから黒い球体を取り出し、換金所のオヤジに渡す。
 この黒い球体は昨日仕留めたTのコアだ。
 オヤジはコアをマジマジと見たあとで、万札五枚と一枚の紙切れを俺に差し出した。
 
 最初は半信半疑だったが、Tのコアはパチンコの換金所で金にすることができる。多分、DとTに関係する組織の息がかかっているんだろう。
 Tのコア。一つで五万円。一週間に一匹も仕留めれば、働かなくても充分やっていけるだろう。しかし、俺は仕事を辞めるつもりはない。理由の一つは仕事で感じるストレスがTの処理のスパイスになるから。もう一つは日常をなくすつもりが無いからだ。
 Tの処理だけをやる人間になるつもりはない、仕事もせず、昼は遊びほうけて、夜はTの処理に勤しむ。そんな生活も悪くないかもしれない。
 だが、そんな生活は嫌だ。俺は普通の人間として生きつつ、自分を解放することもできる人間でいたいのだ。
 平凡な昼と刺激的な夜がひしめき合う生活。
 これがたまらないのだと俺は思うのだ。
 万札を財布にしまい、一緒に受け取った紙を見る。
『○丁目×−△』
 それだけ書いてある紙切れ。これはTが発生する場所を書いた紙だ。どこでどう調べるかなんてのはわからない。だが、夜にその場所にいればTと出会える。それだけわかれば充分だ。
 最近多いな……。毎日じゃないか。
 俺は顔を歪めずにはいられなかった。



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