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 やばい、次の電車に乗れなかったら遅刻だ。だとするとあと5分で家を出ないといけないな。
 やや散らかった殺風景な自室でくたびれたスーツに袖を通す。
 朝食を取ってる時間は無い。ネクタイを首に巻きながらキッチンへ行き、コップに牛乳注いで一気に飲み干す。これが朝食代わりだ。
 コップは昨晩の洗い物が残っている流しへ置き、今度は洗面所へ。適当に髪をとかし、ダッシュで外に出た。
 すべての作業を終わらせたのが5分きっかり。
 こういうのにはすっかり馴れてしまっている。

「おはようございます。恭介さん。」
 一段ぬかしでアパートの階段を降りていると、恵子ちゃんに声をかけられた。
 恵子ちゃんは俺が二階の部屋を借りているこのアパートの管理人の一人娘。14歳の中学生だ。
 恭介は俺の名前。白坂恭介(しらさかきょうすけ)と言う。今年で24歳。
「おはよう、恵子ちゃん。今日もカワイイね」
「え、あ……そ、そんな……」
 顔を赤くして俯く恵子ちゃん。恵子ちゃんは今時じゃ珍しい純情な女の子だ。俺はいつもこんな風にからかって遊んでいる。
 どうも恵子ちゃんは俺に好意を持っているらしい。自分でいうのもなんだが俺の顔の作りは結構いいからな。
 恵子ちゃんぐらいの歳の子は、俺みたいなタイプに惹かれるようだ。まぁそれははしかのようなもので、年上で顔がいい俺を「格好いい大人の人」としてあこがれの対象にしているだけだ。
 俺はそんな感情を無下にしたり、その淡い恋心を本気にして手を出すほど若くは無い。せいぜい恵子ちゃんの気のいいお兄さんを気取ってやることにしている。
「じゃ、行って来るね。恵子ちゃんもしっかり勉強するんだよ?」
「あ、はい。いってらっしゃい恭介さん」
 恵子ちゃんとの会話で時間をロスしてしまった俺は、慌てて駅に向かった。

 これが俺の日常の風景。暖かく、のどかで、きっとそんなに悪くない。しかし、同時に刺激が無く、退屈だ。
 同じ時間に起き、満員電車で押し合い圧し合い苦しみながら、同じような仕事をするために会社に向かう。月に一度、日々の生活に足りるくらいの給料を得るために。
 そして大しておもしろくない趣味と、友人との交流に金を削り、ストレス解消と称す。
 不満は無かった。このままでもいいと思っていた。これが普通だ。これ以上望むことはできない。そう思っていたから。
 しかし、知ってしまった。非日常を。この上ない快楽を。
 その味を知ってから俺は変わった。
 退屈だと感じていたものが楽しくなった。苦痛に感じていた仕事でさえつらくなくなった。
 すべてのことがTの処理へと繋がった。
 日々のストレスを感じる出来事は肥やしになる。溜まったストレスが俺に眠る残虐性を引っ張り出し、Tの処理にスパイスを与える。
 自分でも信じられないようなことをするようになる。
 指を一本一本毟っていったこともあった。両足を掴み、真っ二つに引き裂いてやったこともあった。
 自分の嗜虐的な部分に気がつき、戦慄することもあるが、同時それ以上の快楽を感じる。
 やってはいけないこと。それをやる楽しさ。
 どす黒い欲望を解放し、Tにぶつける。この上のない快楽。もうこれはストレス解消とか、そういう次元の言葉では片づけることができない。

 自分の解放だ。


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