朋也が卒業し、私も3年生になり一ヶ月が経った。
朋也は卒業前に決めていた職場を蹴り、何故か電気工に再(?)就職した。
私は初めその言葉を聞いた時、激怒した。
「簡単に職場を変えるような甘い気持ちでは、
何所に行っても続かないぞ!!」
そんな私に朋也は落ち着いた・・・そして優しい声で答えた。
「その職場は前に一度アルバイトしたことがあってな、顔見知りなんだ。
智代との問題も解決した時に、改めて『仕事』というものを考えてみたんだ。
確かに今のご時世、仕事は簡単に見つからないし何所でも大変だと思う。
だからこそ、俺はその電気工で働きたくなった。
この町を俺たちの手で生まれ変わらせる・・・ 良い仕事じゃないか」
男らしい朋也の顔に、正直見惚れた。
そこまでの決意があるなら私は何も言葉もない。
その仕事場も人手不足で、資格や技術がなくても雇ってくれたのも幸いした。
そして一ヶ月、朋也は仕事場で心身とも鍛えられている。
初めの一週間は食事も取らないほど疲れていたが、
若いだけあって少しずつ慣れてきて余裕が生まれてきた。
朋也曰く『学園よりも有意義だな』というほどに。
だが、一番驚いたのが朋也の引っ越しだろう。
仕事が始まる前に家を出て、近くのアパートに移ったのだ。
もちろん前もって朋也から話を聞いた。
私もこればかりは何も言えなかった。
朋也と彼のお父さんの仲は予想以上に拗れてしまっている。
朋也は父を憎み、父は朋也を息子と認識しない。
私は何とかそんな仲を直したかったが、 今はお互いに距離をとって見つめ直すのもいいと思う。
朋也のことばかり話しているが、 私はそれほど変わったことはない・・・いや、あるか?
3年生になり、そろそろ今年の生徒会長選挙が近づいてきた。
その準備に手間取られるが大したことではない。
受験勉強も始めているが、それも大変だという程でもない。
今の私がもっとも大切にし、生活のサイクルが変わったのは朋也との時間だ。
そんな私の『日常』のある日を話そう・・・
2004 Key 『CLANNAD』
『幸せは手の中に』
本編第一話・『通い妻』智代の日常
早朝・自宅 朝の6時前・・・
私は制服に着替え準備を済まし、玄関で靴を履く。
ドアを開けて最近日課になった新聞を取り、靴箱の上に置いておく。
そしてカバンをを持ち、今度こそ朋也のアパートへ行こうとすると・・・
「おはよう、ねぇちゃん。
相変わらず早いね」
「おはよう、鷹文。
それとこれぐらいの時間なら早いとは言わないぞ」
パジャマ姿で片目を擦る鷹文が声をかけられ、振り返る。
「今日もにいちゃんの所?」
「そうだ。
軽い朝食と弁当は用意してあるからな」
「サンキュ、ねぇちゃん」
カバンの中には、
自分と朋也の分の弁当箱が入っているのは言うまでもない。
「それにしても・・・」
もう完全に眼が覚めたのか、新聞片手に不思議そうな表情をする。
そんな鷹文に私も同じような表情をしているだろう。
「ここまで変わるねぇちゃんもねぇちゃんだけど、
そこまで変えたにいちゃんも凄いよね」
「何だ、それは?
前にも言ったがわたしは元々尽くす女だぞ」
確かに荒れていた頃のわたしと比べたのなら分かるが、
それほど変わっただろうか?
考えながら首を傾げるわたしに鷹文は苦笑しか返さない。
「ねぇちゃん、時間いいの?」
「あっ!」
それほど会話に時間が経ったわけではないのに・・・
そうか、さっきの思考に沈んだことが原因か。
「鷹文、行ってくる!」
「うん。
それじゃ、学園で」
「ああ」
飛び出るように外に出て、朋也のアパートまで走る。
・・・余談だが、走るのに集中していてお弁当の中身が思いっきりズレていたことに、
お昼休みに気が付いた(汗
午前・朋也のアパート
ドアの前で多少の息切れが収まるのを待ってから、ベルを鳴らす。
『親しき仲にも礼儀あり』だ。
ピーンーポーンー♪
今のご時世では中々珍しいチャイム音ではないかと、
下らないことを考えながら返事を待つ。
10秒・・・
20秒・・・
30秒・・・
・・・・・・
一分経過
「はあ・・・」
予想していたとはいえ・・・いや、いつものことだが、
おそらく起きていない朋也に溜息をひとつ。
呆れる反面、朋也を起こすことが出来る喜びを抱え・・・
ガチャ
ギィ・・・
これも『いつも通り』に『合鍵』を使ってドアを開ける。
・・・こら、そこの君!
何か不埒な考えをしていないか?
これは引っ越しを手伝った日の夜、これからの打ち合わせの最中に朋也からくれたんだ。
不純な理由ではなく・・・
『朝も早く来るならこれは必要だろう。
なんて言ったって、俺は智代が来る時間に起きている自信は全くない!!』
『ほう・・・
それで?』(怒
『ど、努力します』(汗
という呆れた理由ではあったが(汗
まあ、それは別に元々放課後にも来るし、朋也は仕事で遅いから用意していたらしい。
内心、その鍵が絆の証のように思えて嬉しかった。
さて・・・
中に入ると案の定、朋也が布団の上でぐっすりと寝ている。
それは朋也の学生時代に自宅へ押しかけて起こしていた頃と変わらない。
だが、今は夜遅くまでの仕事疲れで熟睡しているのだ。
「仕方ない・・・」
小声で呟き、起こさずに先に朝食の用意を始める。
今は少しでも眠らせてやろうと考えたからだ。
わたしも甘くなったものだ・・・
自宅でもそうだが、わたしが作る朝食は和食だ。
確かにパンなど洋食にすればそれほど手間は掛からない。
だからこそ栄養があって、お腹持ちのいいものを食べてもらう。
今日のメニューは和食の定番、味噌汁と鮭と玉子焼きに漬物、そしておむすびを朋也に4つ・わたしに2つ作る。
今でこそまともに朝食が取れるが、元々朝食を取らない朋也は仕事の疲れで胃が受け付けないほどだった。
だから食べやすいおむすびを選んだ。
初めは漬物が少々に熱いお茶。
コーヒーなどは合わないし、お茶でも眼を覚ましてくれる。
少しずつ量を増やし、今はおかわり(お茶碗でだが)するほどに食べる。
それは清々しいくらいに。
味噌汁は作り置きではなく、いつも一から作る。
決して多くなく、しかしおかわりがあるくらいに・・・
朋也にはいつも出来立てを食べてほしいから。
・・・わたしは少し惚気話をしているのだろうか(小恥
そうこうしている内に・・・たっぷりと愛情を込めた朝食が出来あがった。
いつもなら出来る前に朋也を起こすのだが、思考に沈んでいたからすっかり忘れていた。
今日はよく考え事をするなと、考えながら朋也を起こす。
「朋也、起きろ、朝だぞ」
「ZZZZ・・・」
当たり前だが、声を掛けたくらいでは起きる気配は全くない。
しかしここで油断して近づいてはいけない。
余裕が出てきた朋也は前のように寝たふりをしていて、わたしが近づくと・・・
それ以上は言わなくても分かるだろう。
敢えて言うと『キス魔』再来だ。
そういうことが時々ある。
いや、決して朋也とキスするのが嫌なわけではない。
むしろしてほしいというか、本当に寝入っている時にはわたしからした時も・・・
何を言っているのだ、わたしは!!(恥
どうやら、今日は本当に寝入っているようだ。
朝食も冷めてしまうし、早く起きてもらおう。
「起きろ」
「モガッ」
確実に起きる方法。
それは単純に口と鼻を塞ぐだけ。
10秒・・・眉間に皺がよる
20秒・・・少し顔色が悪くなってきた
30秒・・・手をバタつかせる
40秒・・・ようやく眼が開いた そこでわたしは手を離す。
「プハァ!!
ゼェ、ゼェ、ゼェ、ゼェ・・・」
「おはよう、朋也。
今日もいい朝だぞ」
必死に空気を吸い込んでいる朋也に、爽やかな挨拶をする。
「ほら、いつまでも息切れしていないで顔を洗って来い。
朝食は出来ているぞ」
「・・・って、待て、智代!!
俺を殺す気か!?」
「わたしが朋也を殺すはずがないだろう?
万が一、そんなことがあるとすれば朋也が浮気をした時ぐらいだ」
「・・・・・・」 (汗
半分冗談半分本気(何処が本気かは想像に任せよう)の言葉に、
朋也は何故か絶句する。
「何を黙り込んでいる?
まさか・・・」
もしかして浮気していたのか!?
それが朋也にも伝わったのだろう。
起き上がりで一時酸欠になりながらも、思いっきり首を左右に振る。
そうか・・・
信じよう。
「早く顔を洗って来い。
朝食が冷めてしまう」
「イエッサー!!」
何故か敬礼して洗面所に駆け込む。
ふむ・・・
いつもこれぐらいに言うことを聞いてくれれば良いのだが。
「智代、頼むからあんな起こし方止めてくれ。
朝から呼吸困難で無駄な体力を使ってしまう」
「声を掛けたのにすぐに起きない朋也が悪い。
しかし、今日は先に朝食が出来てしまったからな。
少し強引だと思ったが、すぐに起きてもらわなくてはならなかった」
顔を洗って仕事着に着替えた朋也が朝食を食べながら文句を言うが、
バッサリと返す。
「なら、せめて口で塞いでくれ!」
「は?」
「だから、どうせならキスで塞いでくれ!!」
箸を置き、ググッと拳を握り締めて力説する朋也。
いつまで経ってもスケベな奴だ。
「断る。
キスだけでは鼻まで塞げない」
「・・・あっ、そう」(汗
寝ている朋也にキスをして、片手で鼻を塞ぐ・・・
なんとも奇妙な光景だ。
そんなこと、断固拒否する。
それに・・・
「やはり・・・
キスはお互いが望み、幸せな気分に浸りたいではないか」
「と、智代」(照
「何だ?」(素
「な、なんでもない」(照
「そうか」(素
急に大人しくなって、モクモクと朝食を食べ始める。
何か言ったのだろうか、わたしは?
今後、起こす時やわたしが油断している時にもイタズラにキスすることがなくなった。
わたしも最初は安堵していたが、これが原因だと気づかなく朋也に問い詰め、
ケンカ直前まで発展してしまった。
やはり、わたしはいつでもイタズラでも朋也にキスをしてもらいたいと不安になるらしい。
キス魔はわたしの方なのだろうか?
朝食も食べ終わって準備を済み、2人揃って玄関を出る。
「朋也、今日のお弁当だ」
「サンキュ、智代」
「フフ・・・」
笑顔で受け取る朋也。
その言葉が今朝の鷹文と同じで、思わず笑ってしまう。
「何だ、急に笑って?」
「すまない、家を出る前に鷹文と会ってな。
あいつにもお弁当のことを言うと、おまえと同じ言葉が返ってきたからな」
「鷹文か・・・
そう言えば仕事が忙しくて、校門以来会ってないな」
「仕方ないじゃないか。
今は朋也が仕事を頑張る時期だ。
鷹文とはもう少し落ち着いた頃に会ってやってくれ」
「ああ、そうだな」
「ついでといってはアレだが、わたしの両親にもな」
「・・・・・・」
「す、すまない!!」
複雑な表情で無言になる朋也に、
浮かれていたわたしは後悔しすぐに謝る。
鷹文とは会ったが、両親とはまだ会っていない。
理由は色々あるが、決して度胸がないからというわけではない。
一番の理由はお互いの家族事情があったからだ。
わたしは鷹文のおかげで解決し、家族を大切にしている。
しかし朋也は母親を知らなければ、父親から最悪な結果で拒絶している。
家族を愛し大切にする今のわたし達と、唯一の家族に拒絶されたままの朋也。
そのことが朋也自身に劣等感と羨ましさを感じさせると聞いたばかりなのに・・・
わたしは自分の不甲斐なさに泣きそうになってしまう。
朋也と別れて、もう一度付き合うようになってから涙脆くなってしまった。
特に朋也を傷ついてしまうようなことなら、自分でも信じられないくらいに取り乱してしまう。
顔を上げることも出来ず、ただ俯くしかなかった。
もし朋也に嫌われたら・・・
わたしは・・・
「智代・・・」
そんなわたしに、朋也は優しく抱きしめてくれた。
仕事着からの職場特有の匂いと朋也の匂いが包んでくれる。
「そんなに気にするな。
これは俺と親父との問題だ。
だからそんな表情(かお)をしないでくれ」
「朋也・・・」
「な?」
「・・・うん」
「よしよし」
軽くからかいを含んだ声で頭を撫でてくれる。
普段のわたしなら振り払うが、今は自分から受け入れる。
「すまない、朋也。
無駄な時間を」
「智代のことなら無駄な時間なんてないから気にするな」
「・・・ありがとう」
ようやく落ちつき、顔を洗ってからアパートを出る。
学園と仕事場は方向が違い、すぐに分かれ道に差し掛かる。
「朋也、今日は何時頃に帰ってくる?」
「うーん・・・
今日も遅くなるだろうなぁ。
悪いが先に帰ってくれ」
「そうか」
『いつも通り』だな・・・
学生であるわたしは生徒会の引継ぎがあるが、下校時間には出なくてはならない。
あってもなくても、放課後はスーパーか直接アパートに寄る。
もちろん、夕食を作りにだ。
朋也の財布を握っているわたしは出来るだけ節約している。
話がそれてしまったが、朋也は仕事で帰ってくるのはほとんど遅い。
今の世の中、残業など当たり前。
当初は慣れていなく定時に帰っていたが、今は遅くなっている。
それは悪い意味ではなく、様々な仕事を覚えようと頑張っている証拠だ。
さすがにそんな時間まで待つわけには行かなく、
後ろ髪を引かれるような想いで鍵を掛け自宅へ帰る。
不満はないが、それでも寂しいと思う。
実際、最近朋也とこうして会っているのは朝だけだ。
「でもな、智代。
明日は仕事もないし、休みなんだ。
祝日だし、久しぶりにデートするか?」
「ほ、本当か、朋也!?」
一ヶ月ぶりのデートと聞き、思わず大声で聞き返してしまう。
休みが不定期な朋也だから土曜や日曜でも仕事が入っているし、
平日な休みはわたしが学校。
そんな久しぶりのデートの誘いに興奮を抑えるのは無理だった。
「ああ・・・ 給料も貰ったし、
世話になっている智代にささやかなお礼だ」
「本当だな!?
もう今から冗談とは言わさないぞ!?
もしそうなら蹴るぞ!!」
「本当だって(汗
まあ、急な仕事が来るかもしれないが今のところないようだしな。
大丈夫だろ」
「約束だぞ!!」
「OK!!」
興奮気味のわたしに、
何故かハイテンションな朋也は親指を立ててグッとした。
「それじゃ、どこか行きたい所がないか考えおいてくれ」
「何だ、朋也が考えてくれるのではないのか?」
てっきりそう思っていたから、意外だった。
「そうでもいいけどな。
やっぱり希望があれば聞いておくものだろ?」
朋也・・・
「わかった!!
待ち合わせの時間と場所から最後までしっかり考えておく!!」
「い、いや・・・
別にそこまで考えなくても・・・」(汗
朋也が何か言っているが、
今のわたしには聞こえない。
「初めはやはりアパートから・・・
いや、せっかくのデートだから敢えて待ち合わせするという手も・・・
時間は早い方がいいな。
ブツブツ・・・」
「おーい、智代?
智代さーん?」
明日の予定で頭が一杯になり、
気が付くと分かれ道を越えていて(もちろん朋也はいない)、
校門の前だった。
不覚・・・
午後・学園
午前中は散々だった・・・
授業中でも明日のデートのことが浮かんで、
周りから見れば上の空だった。
先生からの注意もされ、友人には心配をかけてしまった。
もちろんうまく誤魔化したが(周りは逆になおさら心配する)、
理由なんて・・・
『明日のデートの予定を考えていました』
言えるわけがないではないか!!
たかが・・・いや、大事なデートでもわたしは受験生であり、まだ生徒会長だ。
これ以上、醜態を晒すわけにいかない。
昼休みも終わり、自分自身に活を入れる。
後、授業は2時間分・・・
今日は生徒会も簡単な打ち合わせだけだ、すぐ終わるだろう。
頑張るぞ、朋也!!
少し場所は変わって、ある電柱の下で作業している男2人・・・
「ハックッション!!」
「どうした、風邪か?」
「そういうのじゃないんですけど・・・
誰かおれの噂しているんでしょ」
「噂か・・・
噂とは様々なものがある。
良いものがあれば、悪い場合も・・・
しかし、人はそれ以上に信じられるものがある。
それは愛だ・・・
だからこそ、大切にし・・・」
「・・・仕事、遅れるっすよ」
ようやく放課後になった。
ここまで長く感じるのは久しぶりだ。
だが、生徒会がまだ残っている。
私的で悪いが早く終わらせよう・・・
・・・・・・
考えていた予想は、会議から30分後には甘い考えだと痛感された。
「そこで引継ぎの件ですが・・・」
確かに本題はすぐに済んだのだが、
時間があるということで他の件もまとめてしまおうという流れになった・・・
生徒会長とはいえ、
『今日の会議は早く終わらせよう』
とは言えるはずがない。
何故だ?
何故こういうときに限って、来るはずの幸せな時間を削る?
いかん、イラつきが抑えられなくなってきた・・・
「・・・ちょう、会長!!」
「ん?
どうした?」
「どうしたって・・・
会長、何かありましたか?
さっきから無反応ですし・・・
その、言いにくいのですが、不機嫌そうな感じがしていますし・・・」(怯
「い、いや、なんでもない。
続けてくれ」
「はあ・・・」
気づかなかった・・・
朝からこの繰り返しだ。
このまま、体調不良ということにして終わらせてしまうか?
いや、生徒会長たるものが嘘をつくわけにはいかないし、
スーパーへ買い物にも行かなくてはならない。
確率は小さいがバッタリ鉢合わせするかも。
それはまずい。
仕方がない・・・
出来るだけ早く終わるように頑張ろう。
夜・朋也のアパート
それからしばらくし、6時頃にようやく終わった。
結局いつもどおりの時間になってしまった。
予定通り(時間はかなり遅れているが)スーパーで買い物を済ます。
唯一の利点はタイムサービスで安く食材が購入できたことだろう。
アパートに戻り、もちろん鍵が掛かっているので合鍵で開ける。
電気をつけ荷物を降ろし、朝に干してあった洗濯物を取り込む。
今の時期にこの時間では、少々湿気てしまうが仕方がない。
少しでもマシになるように部屋の中で干し、帰る前にタンスに入れている。
「さて・・・」
腕を捲り、夕食の準備に取り掛かる。
ようやく訪れたこの時間にいつも以上に気合と愛情を込める。
その結果・・・
「やってしまった・・・」
意識してはいなかったが結果だけで見れば明らかに作りすぎだ。
メインが3品・小物系が4品・スープはさすがに一品。
数もされど量も多い。
軽く4人前以上はある。
それも基準が朋也としてだ。
「どうしよう・・・」
これでは節約どころか単なる無駄使い。
特にメインは今日中に食べなくてはいけないものもある。
食器と料理をテーブルに並べて、イスに座って途方にくれる。
時間は午後8時。
もう帰らなくてはいけない。
朝と夜に朋也のアパートへ通う時に、『あまり遅くならないように』両親と約束した。
だからこそ通えるのだが、限界どころかオーバーしている。
いつもなら自宅に着いている頃だ。
しかし、この量は一人では食べきれるはずがない。
なら、わたしも一緒に食べればいいのでは?
だが、もう帰らなくてはならないし、
一人で食べても美味しく感じないだろう。
朋也は遅くなる言っていた。
待つなんてとても無理だ。
それどころか今すぐに帰らなくては・・・
いや・・・
でも・・・
・・・・・・
「智代・・・
起きろ、智代」
肩が揺すられている?
誰かがわたしを呼んでいる?
「頼むから起きてくれ」
朋也の声?
そうか、朋也帰ってきたのか・・・
ん? 帰って?
「はっ!?」
「うお!?」
ガバっと顔を上げると、横でわたしの肩を揺すっていた朋也が驚いた。
わたしも驚いているのだが、頭が混乱していて状況が理解できない。
「と、朋也!?
わ、わたしは・・・!!」
「とにかく落ち着け。
ほら」
朋也から差し出されたお茶を飲み、落ち着かせる。
「帰ったらビックリしたぞ。
外から見れば電気は点いているし、中に入ると智代が寝ているんだから」
どうやら考え事したまま眠ってしまったらしい。
今日は精神的に疲れてしまったが、そこまでとは思わなかった。
それより気になることがある。
「朋也、今何時だ?」
「・・・23時だ」
「・・・は?」
今、なんと言った?
「朋也、どうやら聞き違いをしてしまったらしい。
もう一回言ってくれ」
「23時。
午後11時。
正確に言えば、23時5分だ」
慌てて時計を見るが、現実は厳しかった。
「ど、どうしよう、朋也!!
わ、わたしは両親との約束を破ってしまった!!
いや、今はそれが問題じゃない!!
こんな時間になって・・・!!」
「だから落ち着けって」(汗
再び混乱するわたしに、朋也は呆れた声で返す。
だけど、今度は中々落ち着かない。
「こ、こんな時間に2人っきりというのはマズイのでは・・・
いや、朋也といるのが嫌な訳でではなくてだな。
むしろ期待してしまうとか・・・
何を言っているのだ、わたしは!!
朋也も黙ってないで何か言え!!」
「・・・ほれ」
そんなわたしに対して、朋也は言葉ではなく『ある物』を投げ渡した。
「電話?」
それは電話の子機。
「まずすることはさっさと電話して両親を安心させろ。
留守電を聞いてみるか?
凄いぞ」
その言葉に憑き物が落ちたようにな表情をしているだろう。
数秒後に意味が理解でき、少し後ろめたい気持ちを感じながら馴れ親しんだ番号を押す。
深夜・朋也のアパート
「大変だったな、智代」
「朋也もお疲れ様だな」
両親との電話は大変だった。
繋がった途端、第一声が『智代か!?』(父親ヴァージョン)だ。
他の人だったらどうするのだろう?
わたしだと告げると、『智代!?』(母親ヴァージョン)と『ねぇちゃん!?』(鷹文ヴァージョン)という声が少し遠くから聞こえた。
事情を話すと散々怒られてしまった。
何度かここ(朋也のアパート)にも掛けたらしいが、わたしは気づかなくて留守伝のメッセージを何件も入れていた。
お互いに落ち着いた頃にある提案を取り上げた。
『それでな、父さん・・・
こんな時間に女の子が出るわけにも行かないだろう?
だから、今日はココ(朋也のアパート)に泊まっていいだろうか?』
この言葉に父さんは大声で叫び、朋也は飲んでいたお茶を噴き出した。
父さんはさっき以上に怒鳴った。
最後には何を言っているのか分からないぐらいに。
対するわたしは、とりあえず少し子機から耳を離し落ち着くのを待つ。
朋也はテーブルを拭きながら睨んでくる。
しかし、こういうチャンスは中々ないんだ。
同じ部屋で眠ったのは2度目の告白の日以来ないんだぞ!!
今日はずっと朋也のことを考えていて散々だった。
焦らされるほど焦らされて、理由は無視して目の前に朋也がいるんだ。
ここまできて、『はい、さようなら』なんて出来るはずがない。
ようやく父さんが落ち着き(息が切れたとも言う)、説得すること10分・・・
『朋也』
『ん?』
『父さんが朋也に変わってくれと・・・』
『・・・・・・』
『頼む』
今朝の事を思い出すと申し訳ないが色々な意味でチャンスなんだ。
泊まりとかそういうのは関係なく、電話越しでも一度でいいから話してほしい。
この気持ちが通じたか、朋也は笑顔で子機を受け取った。
本音を言えば、会話を聞きたかったがいけないことだと分かっている。
その間に夕食を温めて夕食の準備をする。
意外と早く会話が終わったようで火を止めて子機を受け取る。
『智代、結論から言うと泊まることを許す』
『本当か!?』
『ああ。
だが・・・』
『言いたいことは分かっている。
安心してくれ』
『そうか。
まあ、おまえが認めたただ一人の男だからな。
そういう関係になってもいいとは思うが・・・』
『と、父さん!!』(恥
『ハッハッハ・・・
では、もう切るぞ』
『ああ。
おやすみ』
『そうそう・・・
朋也くんに伝言を頼む。
近いうちに飲み交わそうと』
『フフ・・・
朋也はまだ未成年だぞ?』
『そうだったな。
それじゃ、頼んだぞ』
『わかった』
以上のやり取りがあり、ここに泊まることが出来た。
「智代と一緒の晩飯なんて久しぶりだな」
「そうだな。
朋也が仕事を始めて以来だ」
朝食は共にしているが、
今ほど落ち着いて美味しく食べられるのは本当に久しぶりだ。
「それにしてもたくさん作ったなぁ」(汗
「す、すまない。
わたしもこれほど作るつもりはなかったのだが、気が付けば・・・な」(汗
やはり多いか(汗
2人でお腹一杯食べても3分の一は余る。
うう・・・
無駄な出費を。
わたしは馬鹿だ。
「そうだ、朋也。
結局、明日はどうなんだ?」
ここまで来てキャンセルになったら・・・
フフフ(邪笑
「おお、予定通り休みが取れたぞ。
明日はデートだ」
「そ、そうか。
それならいい」
朝から考えていたデートコースが無駄にならなくてよかった。
いや、予定とはもうズレているな。
「朋也、明日は朝食後に一度家に帰らなくていけない。
だから待ち合わせになるがいいか?」
休みの日に制服を着たままというのはマズイ。
「別にいいぞ。
それよりも泊まるのはいいが、着替えとかないだろ?
どうするんだ?」
「心配するな。
ちゃんと用意してある」
「は?
用意?
まさか、初めからこうするつもりだったのかよ!?」
「バカを言え。
今日、泊まることになったのは偶然だ」
「なら、用意って・・・」
「ここにある」
箸を置き、立ち上がってタンスまで移動する。
引いて朋也の衣服があるが、その奥に隠していたわたしのパジャマ(新品)を取り出す。
「なっ!?」
「さすがにその・・・下着はないが、せめてこれくらいは用意してある」
だが、思っていたより出番が遅くなったが。
「いつの間に・・・」(汗
「引っ越しの手伝いの時にな。
何事も『備えあれば憂いなし』だ」
「オイオイ・・・
もしかして、他にまだ隠しているものがあるのか?」
キョロキョロと周りを見渡す朋也。
「よくわかったな。
後、2・3ヶ所ある」
「何!?」
今度は血走った眼でなおさら視線が行ったり来たり。
それだけで何を考えているか手に取るように分かる。
「不埒な想像している所で悪いが、
期待に添えられるものはないぞ」
「・・・そう」
全く、このスケベは・・・
「もう時間も遅いし、早く食べてしまえ。
ついでだ、お風呂を沸かしてくる」
「へいへい」
世話が掛かる恋人だな。
呆れ顔をしながらも、朋也の役に立っているという嬉しさが込み上げてくるわたしは、
つくづく惚れていると再認識する。
何故か敗北したような気分だ・・・
食事も終わり、2人とも入浴し(覗くなと厳命)、
布団(2組だぞ!!)も引いて寝るだけとなった。
時間もとっくに次の日になっている。
しかし・・・
「そ、それじゃ、電気を消すぞ」(緊張
「あ、ああ、頼む」(こっちも緊張
いかん、わたしまで緊張してきた(汗
前回は朋也が戻ってきた喜びで気にしなかったが、
今はこの状況がとてつもなく気が張る。
パチン
ついに電気も消され、周りは真っ暗になる。
静まれ、私の鼓動!!
「おやすみ、と、智代」
「お、お、おや、おやすみ」
思いっきり噛んでしまったではないか!
マズイ・・・
これ以上、隙(何のだ?)を見せるわけにはいかない。
少し惜しい気もするが・・・って、違う!!
こういう場合はさっさと寝てしまおう。
ずっと眼を瞑っていたら、いつの間にか寝ているだろう。
「「・・・・・・」」
む、無言が重い(汗
全く眠れない。
というよりも朋也が帰ってくるまで、3時間も寝ていたのだから眠れない!!
うう・・・
泊まれることは良かったが、まさかこんな事態になるとは・・・
どうする?
起きることも寝ることもできない。
このまま耐えるしかないのか?
そうしたら、そのまま朝になってしまうオチだ。
そ、そうだ!
一度だけ、朋也に呼びかけてみよう。
もし・・・いや、確実に同じ心中の朋也は確実に起きているはず。
少し話しをしてリラックスしよう。
「と、朋也・・・」
「・・・・・・」
呼びかけても返事がない?
声も出せないくらい緊張しているのか?
フフフ・・・
可愛いものだ。
さっきまでの自分を棚に上げてそう思ってしまった。
わたしの中の緊張感が消え、逆にイタズラ心が生まれた。
ここはわたしがリードしてやろう。
「朋也・・・」
わたしは起き上がって、朋也の方に向く。
頭ごと身体が反対を向いていて表情は見えない。
それが緊張の表れのように思え、笑みがこぼれる。
「朋也」
布団から出てゆっくりと朋也の側に向かう。
お世辞にも広いとは言いにくい部屋で、間を精一杯に距離をとっている。
それでも普通に歩いて2・3歩分。
あっという間に側に着き、上から朋也を見おろす。
全く動かなく、規則正しい布団の膨らみの動き。
それが言いようのない・・・
・・・待て。
『規則正しく』?
まさか・・・
「朋也?」
「ZZZZZ・・・」
寝ていた(汗
これでもかというくらい気持ちよさそうな顔でぐっすりと(怒
ということは何だ?
電気を消してから、わたしは一人で緊張して舞い上がっていたのか?
「フフフ・・・」
あまりのバカらしさにさっきと違う笑いが込み上げてくる。
知らずの内に拳を握っている。
しかも震えている。
朋也、一つ訂正させてくれ。
浮気以外に殺意を持ってしまった。
「しかし・・・」
学生であるわたしと違って、朋也は働いている社会人だ。
当然、わたし以上に疲れているはず。
明日が休みという開放感と疲れが緊張を上回ったのだろう。
ここは眠らせてやるのが正しいな。
それでも、何気なく頬をツンツンと突いてみる。
「ムニュ・・・」
かすかに反応。
もう一回。
「ウーン・・・」
か、可愛い・・・(照
男性がこれほど可愛く思えるなんて・・・
そんな想いに突き動かされ、朋也以外に誰もいないはずなのに周りを見渡し・・・
チュッ
軽くキスをした。
そのまま朋也の布団に入りそのまま眠る。
やはり、一人漫才のようなさっきの出来事は許せなかったらしい。
少し逆恨みのような気もするが、朋也の温もりと安らぎを手放せなかった。
朋也が起きたらどういう反応をするだろう・・・
そんなことを考えながら、わたしも眠りについた・・・
「と、智代ーーーー!!?」
翌朝(?)、予想通りに朋也の絶叫で眼が覚めた。
かなり遅くなってすみません、siroです。
3ヶ月も開いてしまいました(汗
仕事とゲームその他諸々でこれほど・・・(ペコペコ
その分、ラブラブ&甘々を入れに入れまくったSSです。
ちょっと行き過ぎたかもしれませんが気にしないでください。
第一話なので、設定を伝える為説明くさかった所も度々ありましたね。
反省所です。
さて、次回もおそらくラブラブ&甘々になると思います。
続きのデート編は『突撃レポーター』に続きます。
第2話はできるだけ早く書き出したいと思います。
では・・・