───特に、ナルトには、そうなっちゃうだろうけどね。
自分には真っ直ぐ視線を返してきたクセに、一向にナルトの方を見ようともしないサスケの様子に、サクラは再び苦笑する。
───見られないのは、きっと怖いからね。
心の中で、サクラはそっと呟いた。
女である自分よりも、ナルトの反応の方が怖いだなんて、想いを寄せる身としては、いささか乙女心は複雑だ。
でも、それは自分が彼の立場でも、きっと同じコトだっただろう。
血に濡れた手で、あの子にはきっと触れられない。
ナルトはひどく純粋で、まるでずっと年下の小さな子供のように、柔らかい精神をまだ持っている。
だからと言って、決して、弱いというわけでない。
それどころか、その精神力はとても強く逞しく、時に感動してしまうほどだ。
揺るぎない彼の願いや向けられる多くの優しさは、酷くキレイで真っ直ぐで、純粋な彼の心をこれでもか…と言うほどに伝えてくる。
ナルトのこれまでの生い立ちを思えば、まるで奇跡だと、そう思った。
だから、彼を知る自分を含める数名の者は、汚れてほしくないと、その輝きをどうか失わないでと、願わずにはいられないのだ。
忍という世界に於いて、それは叶えられない願いであると、分かっていても。
それでも、ナルトなら、変わらないでいてくれるかも…と期待しているのだ。
───そうだ!ナルトは!
サクラは、サスケから視線を外して、ナルトへと視線を移した。
サスケに突き飛ばされて地面に転がったその体制のまま、ナルトはまだ固まっていた。
大きく見開かれた、蒼穹の瞳。それは相変わらず、とても綺麗だったけれど。
晴れた日の空を連想させるその瞳の奧に、感情の揺らぎを見つけた瞬間、サクラは駆けだしていた。
ナルトの瞳は、ぼんやりとカカシの姿を捕らえていた。
その上司が、今から何を行おうとしているのか、サクラはソレを知っていたから。
───ダメ!
辛いコトから目を逸らさせても、ナルトの為にはならない事くらい、サクラにだって分かっている。
こんなコトするのは、ナルトの為なんかじゃなくて、自分のエゴだ。
でも、これ以上、ナルトの傷ついた瞳を見るのは、サクラには耐え難かった。
───サスケ君のコトだけでも、心配で堪らないんだから!
ナルトは、ちゃんと分かっているはずだ。
いつものサスケなら、あそこで相手を傷つけても、殺しはしなかった…と。
あの状況の中、技量の面で、うちはの名を継ぐ少年には、それだけの余裕があった。
自分を庇ったせいで、サスケがその余裕を失ったのだと、ナルトはちゃんと分かっている。
だからきっと、今この場で1番傷ついているのは、ナルトなのだ。
───ダメよ、ナルト!ちゃんと気づいて!
あんたのせいなんかじゃ、絶対にないんだから。
呆けているナルトの前に、サクラはダンッと足音高く、ナルトの視界全て覆うくらい大きく見えるような格好で立ちはだかった。
本当は、ほわほわした金髪の頭を両手の中に抱き込んで、ナルトの五感全てを、遮断してしまいたかったけど。
でも気遣ってるコトを気づかせたりしたら、ナルトはいつも無理矢理、平気な振りして見せようとするから。
だから先手を打たなければならない。
下手な作り笑いを見せられるくらいなら、大声で泣いたり喚かれたりした方がマシなのだと、ナルトが分かってくれるまで、先手を打ち続けてやる、というのが、サクラの密かな決意であった。
「もう!ナルト!アンタ、いつまで転がってんの!シャンとしなさいっ」
いつもと同じ調子で叱りとばす。
でも、こころもち普段より大きな声を張り上げたのには、理由がある。
「ほら、立って、立って。全く、アンタっていつまでたっても鈍くさいわね!」
手の平を下から上にブンブン振りあおいで、未だ魂を飛ばしている少年に立ち上がるように示す。
いつもより大げさな身振り、大きな声。忙しく追い立てる態度。これらも全部、ワザとである。
ナルトの五感を、自分から逸らさせない為。ひいては、カカシの行為をナルトに見せない為。
その間に、ジュッと嫌な音が、サクラの耳に届いていた。
自分の背後では、カカシの放った火が、勢いよく全てを無に帰しているのだろうと、サクラは心の中で瞠目した。
恐ろしい事だと、改めて実感した。
さっきまで生きてた人間の全てが、無かったことになってしまう。
骸を、弔ってもらうこともなく、ただ消えてしまう。
目にしなくても分かる光景。いつか、ナルトもコレを見る日が来る。
そればかりか、同じ行為を、行う日も来るだろう。・・・そう遠くない未来に。
───でも、それが今日である必要はないわ!
後でカカシには叱られるかもしれないけど、構うものか。
もはや気分的にはナルトの母である、意外に母性本能の強いサクラであった。
「は〜い、ソコ!ジャレてないで集〜合。時間オーバーしてるから、さっさと戻るよ」
カカシがいつもののんびりした口調で集合を掛ける。
「時間がズレてんのは全部てめぇの遅刻せいだろ」
ボソッと鋭く突っ込むサスケの態度は、カカシですら見分けがつかないほど、すっかりいつも通り。たった今、初めて人の命を奪ったとは思えない。
───ヤレヤレ。流石は『うちは』の末裔ってトコだな。
思わずカカシが感心してしまうほど、サスケの自制心は強い。
上の者達がやたらと期待する気持ちも、理解できるというもの。
コイツは確かに、なかなかいない逸材と言えるだろう。
───でも、コトはそう上手く、あんた達の思惑通りには運ばないだろうケドねぇ。
サスケはきっと、里の為になんか生きられない。家族を失った彼にはもう、里に執着する意味などないのだから。
自分の心にまっすぐに従って、あの子の隣に立つ為に、生き続ける道を選ぶだろう。例え誰がそれに異を唱えたとしても・・・。
復讐だ、一族の復興だ…と念じながら生きていたサスケ。
その決心を、失ったわけではないだろうけど、それ以外の希望も、今はちゃんと持っているはず。
───まぁ、自覚してるかどうかは、知らないけどね。
カカシにとっては、まだまだケツの青いサスケの行動は、見ていて楽しいものなのである。
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