(SCENE 1 痛みの場所)
「───ッ!!」
─── 仕方ない。気付いた時には、もう飛び出してしまっていたんだから。
「うわっ!」
ザザァッ!
ドシュッ!
己の息の飲む音と、もう1人の少年の叫ぶ声。
継いで、何かが激しく地面を擦る音と、手元でドシュッと鈍く嫌な音が、サスケの耳に届いたのはほぼ同時。
そして、ドロリと生暖かいものが両手に絡みついた瞬間、初めて自分で人を殺したのだという事を認識した。
「サスケ君!」
悲鳴のような、サクラの声。
叫ぶ必要はない。死んだのは相手の方であって、自分はかすり傷すら負ってない。
大丈夫だと言おうとして、しかし、サスケは言えなかった。何故か、喉から声が出なかった。
幼い頃からの訓練の賜物、というヤツなのだろう。
頭の感覚は何だか鈍いのに、体は淀みなく次の動作に移っていた。
回転を利用して他者の体に食い込んでいた苦無を抜き取り、返り血を浴びないように、素早く体を離す。
途端、吹き出す血の雨を前に、慌てふためくような事はなかったけれど、奪った命の重みだろうか?ズシリと、体にかかる重力が増したように、サスケは感じていた。
───初めて、人を殺した
頭でそう理解した時には、全てが終わってしまっていた。
人間相手の任務も増えてきて、これまで何度か、人を傷つけたことはあった。
もう普通には暮らせないと予想できるほどの傷を負わせたこともあったし、殺すつもりで闘った事も数え切れないほどあった。
でも、実際に命が事切れる瞬間を、誰かの命を断ち切る感触を、己の手で体験したのは、思えばコレが初めてだったのだ。
忍として生きる以上、それは避けて通れない道だと分かっていたし、避けるつもりも毛頭ない。
古くから続く特殊な血族の直系に生まれ、それこそ物心ついた時にはもう、忍の心得として、あらゆる事を教えられてきた自分である。
だから、いつその立場にたっても大丈夫だと、まるで挑むような気持ちでいたはずなのに。
ズキッと、まるで胸の奥底に鉛玉をゆっくりと落としたかもような、鈍く重い痛みを感じているのは何故なのだろう?
案外、俺にもまだ、普通の神経があったんだな…なんて、頭のどこかで人ごとのように思っている自分自身に気づいた時、ポンッとカカシが頭に手を置いた。
いつもなら、速攻で跳ね返すところだが、そうしなかった。
別に、その手を嬉しいとか、慰めてほしいとか、思ったわけでは決してない。
ただ、少しだけ興味が湧いたのだ。
コレまでに恐ろしい数の命を奪ってきたのだろうこの男は、いったい自分に何を言うだろうと・・・。
よくやった…とでも、言う気だろうか?それとも、気にするな…とでも?
どちらもイマイチ、この男にそぐわない気がして、自分で想像しておきながらサスケは内心で首を振っていた。
だか、そんなサスケの予想に反して、カカシは何も言わなかった。
上忍ともなれば、こんな事は日常茶飯事。何の感慨もおきていないのかもしれない。
いつもと全く同じ、感情を見せない目で、ただ静かに自分を見下ろし、もう1度ポンッと頭の後ろを軽く叩くと手を離した。
そして、スッと気配のないまま歩を進める。
たった今、サスケが命を奪い、ただの肉塊と化したモノに向かって。
その瞬間、固まっていたサクラがハッと面を上げて、サスケの方を見た。
気遣う瞳で、何か言いたそうに口元を動かす。
サスケもじっと、その瞳を見つめ返した。
───大丈夫。いつもと変わらない表情を、彼女に返せているはず。
そんなこと、わざわざ意識しながらでなければ、いつものままで居られないあたり、俺もまだまだ修行不足と、改めて感じていたけれど。
けれど、鈍い痛みは、今はもう感じない。
こうして慣れていくものなのだろう。奪った命の重みに・・・。
実際に、サスケの様子はいつもと寸分の違いがないと、サクラは感じていた。
だから、それが余計に哀しくて、辛くて、ほんの少し緑色の瞳を眇めた。
そうであらねばならないと、育てられたサスケの立場とか、仲間なのに泣き言ひとつ聞かせても貰えない自分の事とか・・・イロイロと、やりきれない。
───でもアレは、忍びとして生きる以上、いつの日か必ず、自分も通る道なのだ。
サスケに何か言ってあげたくて、でも、その時が来た時、自分は何を言ってほしいかと考えても、結局答えは何も出なくて・・・。
言葉を発することは出来ずに、サクラはただ、サスケの瞳を見つめた。
───せめて、変わらないと伝えたいから。
たとえ、血に染まった手を向けられたとしても、本当の彼の姿を、自分はちゃんと知っている。
そっけなく見えるけど、実はとっても仲間思いで、冷めたフリしてるけど、けっこう激情家で、誠実な心の持ち主だと、ちゃんと知っているから。
───貴方は優しい人だから、きっとその手を私達に向けるコト、気にしちゃうでしょう?
構うなと手を振り払うだろう。でも、それは、構われることを厭うての事ではない。
血で汚れた手で、相手を汚してしまう事を恐れるが故なのだ。
まざまざと、その光景が脳裏に浮かんで、でもそんな危惧は必要ないのに…と、サクラは苦笑した。
まっすぐ、彼を見つめることで、せめて余計な危惧は抱かないでと、一心にただそう伝えた。
NEXT >>
|