【いつでもそこにある奇跡】(翼将!ラブ) P2
 



 元より将は、DFに向いてない。
 素直すぎるアイツは、相手の動きにつられやすいし、押し退けようとしてもウェイトの差で反対に吹っ飛ばされてしまう。
 身についた武道のお陰で、相手の力を利用したり躱したりする技術に長けている自分とは違うのだ。
 それでも、しつこく付きまとう将にジャマされて、ボールが出てしまった事に焦れたのだろう。
 しまいには、相手に力任せに突き飛ばされて、押し潰されそうになっていた。
流石にそれは、審判に止められて、こと無きを得ていたけれど・・・。


 そんな将の姿に、妙に苛ついて、俺はついカッとなって突っかかってしまった。
「何のつもりだ、将!お前はFWだろ。ココは俺の戦う場所だ!うろちょろすんじゃねぇよ!」
 ドンッと薄い胸を押すと、案の定、将は後ろにタタラを踏んだ。
───ほら、見ろ。そんな弱っちいフィジカルで、ロクにやったことのないDFなんか無理に決まってるだろ!
 驚いて瞠られた将の黒目がちな瞳に、自分の姿が映し出される。こんな俺は、俺じゃない。分かっているけど、止められなかった。
 将にカッコ悪いとこ見られるのも嫌だが、彼にカッコ悪い真似をさせるのも絶対に嫌なんだ。
前へ前へと攻めていくコイツの後ろを守るために、自分が此処に居るはずなのに・・・。

「だんまりか!何とか言えよ!」
 なおも突っかかる俺に対して、将は何も言おうとしない。
いつもと同じ、真っ直ぐな強い意志を秘めた視線を、俺に向けてくる。
 『信じてる』と声に出すよりも雄弁に語りかけてくるその瞳の輝きは、今の俺には少し眩しすぎた。
 半ば、その視線を避けながら、俺は将にFWへ戻るよう吐き捨てるに告げて、背を向けた。
が、素直だけど根はむちゃくちゃ頑固なアイツは、俺の言うことをきかないだろう。

 チッと舌打ちして、将から視線をそらせた俺に、柾輝が近寄ってきた。
「カッコ悪いぜ、今のあんた」
 随分と怒りを含んだ、厳しい言葉が降りてきた。

「黙ってフォローしてる、アイツの気持ちが汲み取れないようなアンタじゃないだろう?ココで立ち上がらなきゃ、男じゃねぇ!」
 俺のミスの数々よりも将に対する心ない行動に腹を立てている事を、柾輝は隠そうともしなかった。怒りに瞳の色を変えるコイツを見るのは、本当に久しぶりだ。

 そう。将に心を寄せているのは、何も俺や水野だけじゃない。
多分、この東京選抜で、あの未熟な少年を、大事に想ってない奴なんていない。
 将の1番の持ち味を、チーム全員が、ちゃんと理解っている、いや、心に感じているから。
───どんなスゴイ技術よりも大切なものを、将は誰よりも持っている。
『アイツが頑張ってるのに、俺が頑張らないでどうする』と、皆に思わせてしまう。
それこそ、将1人が居るのと居ないのとでは、チームの総合力が変わってしまう程に、将の影響力は多大なものだ。
 誰もが、最後の最後で、その力を信じてる。
どんなに苦しい状況でも、一心に駆ける将を見ていたら、不思議と立ち向かう気力が湧いてくる。
 それが、急造チームである東京選抜の、結束の要と言っていいだろう。

───無言でフォローしてる、将の気持ち
 そう。そんなこと、分かりすぎるくらい分かってる。
 将は将なりに、持てる力の全てで、俺を助けようとしてくれているのだということくらい・・・。

 カッコ悪いとか何とか、そんなコト、アイツはいつだって気にしない。
下手と言われても、どんなに笑われても、出来るようにまで頑張る強さを持っているヤツなんだから。

 ああ、俺は一体、何をやってるんだろう。
FWであるアイツをこんな後ろに留まらせて、突っかかって・・・。
 こんな有様で、信頼してもらえる存在になりたいだなんて、笑い話にもなりゃしない。

 多分、かなり情けない顔をして視線を向けた俺と目があって、将はニコッと笑ったみせた。
 嫌な表情ひとつ見せず、いつもの子供みたいに無邪気な笑顔で・・・。
練習の時に、『もう1回やりましょう!翼さん』と、強請ってくる時と同じ瞳で・・・。

 10回吹っ飛ばされても、100回吹っ飛ばされても、きっとアイツは諦めない。
絶対に、諦めたりしない。
(全く・・・ホントにバカなんだからな)
 でも、そのバカなところこそが、将のイイところ。彼だけが持つ、強さの秘密だ。

 いつだって、その技術は大したことないものなんだけど。
───それでも・・・やっぱりお前はスゴイよ、将。
 顔を上げて、頬の掠める風を感じとる。将が連れてきた、風だ。
きっとこの風は、ウチのチームのヤツしか知らないもの。
風祭将という少年と、同じ場所で、同じ夢を追う奴にしか、感じ取れないもの。
 将の立つ場所から吹き抜けてくる不思議な風を感じた途端、体がやけに軽くなった気がした。

(ああ、もう一人、知らないヤツが居たっけな…)
 俺は内心で苦笑した。───将自身だ。
 自分が、そんな魔可不思議な風を起こしていることも知らずに、今も心配そうにチラチラとこっちを気にして盗み見している。
 多分、本人は見てることに気付かれていないつもりなんだろうけど。
(・・・バレバレだっつーの)
 ホンット〜におバカな奴だ。
でも、そんなとこが面白くて楽しくて可愛くて・・・すっごい大好きなんだけど。
(俺も大概、バカだよなー)
 将が好きだなぁ…なんて思い返した途端、何だか調子が戻った気がする。
なんて単純な思考回路。他の奴らに、単純バカなんて言えないじゃないか。

 俺はフリースローに向かった郭の元へ行き、ボールを奪い取った。
 すれ違いざま、小声で将をカギにした作戦を告げてやると、その案乗ったとばかりに、無表情が売りの郭らしくない、面白げな笑みが返ってきた。
 きっと、俺が話した途端に、その状況がクリアに奴の脳裏に描かれたのだろう。
(ほら見ろ、将。お前の行動パターンなんか、チーム全員にバレバレだよ)
 だから、今度は俺がきっちりフォローをしてやる。将が、将に相応しいプレーが出来るように。


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