『ココで立ち上がらなきゃ、男じゃねぇ』
柾輝に言われたその言葉で、熱くなっていた頭が一気に冷えた。
★☆★☆★
───身長が低い
サッカーというスポーツにおいて、それだけでもう多大なるハンデを負っているのだという事は知っている。
知恵と度胸と技術でもって、それを覆し、相手をやりこめてやるのが自分の主義だった。
・・・でも、それが通じない相手がいた。
───圧倒的な身体能力の差。
身長、体重、動きの速さ、ジャンプの高さ、足の長さや、柔軟性。
黒人系人種とのハーフである男は、そのどれもがズバ抜けて日本人離れしている奴だった。
流石に、試合前に「身体能力の差は個人技を上まわる」と、この全国選抜が競うトーナメントで優勝候補だった東海チームに言わしめただけはある。
───だから、勝てない。だから、負ける。
そんなことは認められない。認めてしまったら、俺は俺でいられなくなる。
そんな気持ちで頭が一杯になっていた俺は、多分、廻りが全然、見えていなかった。
天気が曇ったわけでもないのに、目の前から色がどんどん失われていって、視界に暗い影が過ぎる。
声を掛けてくる仲間達の言葉も心までは届かなくて、何とか空返事だけを返していた。
自らの心が作った、目の前を覆い尽くそうとするその闇に飲み込まれそうになったその時、ホイッスルが鳴り響いた。
ベンチに視線を投げると、監督が審判に声を掛けていた。
───ああ、自分が下げられるんだ。
瞬間、そう思った。
こんな負けっぱなしでフィールドを出るなんて、冗談じゃない。絶対に嫌だ。
でも分かっている。自分が監督でもそうするだろうと思えるほど、彼女の判断は正しい。
悔しさに唇を噛みしめた時、審判のコールが耳に届いた。
「選手交代。18番から19番」
───え?
交代されるのは、意外にも自分とは違う番号。そして、入ってくるのは、19番。
その背番号を聞いた時、ほんの少しだけ、視界に色が戻った気がした。
そして、体の中を、ふと風が通り過ぎたような不思議な感覚。
「19番・・・将?」
東京選抜、いや、恐らくこのトレセン合宿に参加している誰よりも小柄な彼、風祭将のポジションはFW。つまりは、点取り屋だ。
今、ガンガン攻められてるのはこちらなのだから、FWの強化は意味がない。
(大体、アイツが入っても強化にならないだろッ)
心の中で、監督をしているハトコに怒鳴りつける。
将は、確かに光る何かを持ってる奴だけど、まだまだ未熟な選手だ。
ついこないだまで補欠だったという立場通りの技術しか持たない少年は、自分よりも更に小柄で細く、相手を押し退ける力もない。
先を見込まれて、潜む才能に期待されて、このチームに身を置いている選手だ。
───なのに、このピンチで将の投入?
疑問に思いながらフィールドに入ってくる小さな体に視線を向けると、不意に視線があってしまった。
───嫌だ!
そう思った自分の気持ちは、きっと表情に出ていただろう。
多分、自分は今、これまで向けたことのない表情を、アイツに向けてしまった。
何が嫌かって?そんなコト、決まっている。
俺は、こんなにカッコ悪い自分を、アイツには絶対、見られたくなかった。
俺は、将の前で必要以上にカッコつけてしまう自分に気付いてる。
強引に名前を呼ばせたり、これまた強引に、練習につき合ったり・・・。
友達になりたい、という理由だけでは、説明のつかない行動と感情。
アイツは凄くいい奴だ。俺がこれまで会った誰よりも、イイ奴だと思う。
素直で、真面目で、一所懸命な彼の姿は、見ていてとても気持ちがいい。
ちょっと・・・いや、かなりトボけた天然ぶりも、面白いし、可愛い。
初めは弟か後輩の面倒を見るような気分で構っていたはずだったのに、いつからか、俺は彼にとって「1番頼りなる存在」になりたくなっていた。
同じ学校出身で、最もつき合いの長い水野を押し退けて、というのは、我ながら無謀だとも感じるけど。
でも、負ける気もしない。水野はサッカーは上手いけど、世渡りは下手なタイプだし。
そんな思い入れのある将に、今の自分を見られたくない。
絶対、むちゃくちゃカッコ悪い。気に入ってる奴には、カッコ良い自分を見てほしいって思うのは、男の性だろう?
入った途端、水野と郭に何か告げに言った将は、FWの仕事をほったらかして、俺の隣を駆けだした。
バカみたいに何度も何度も真っ正面から向かっていっては、アフリカンなデカイ奴にあっちへこっちへと吹っ飛ばされてる。
ザッと地面に叩きつけられる痛そうな音が、何度も俺の耳に入ってきた。
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