「何か…やっぱ全然相手にナンなかったね。強いや、徳川さん。」
「ありがとう。ま、一応、コレで飯食ってるからね。」
「え?・・・もしかして、プロだったの?」
「知らなかったのかい?」
「うん。…ふぅん。なんだ、プロだったんだ。」
「これでもけっこう知られた顔だと思ってたんだけど…俺もまだまだってコトかな?」
「ううん。俺、プロテニス見たことなかったから。でも、徳川さんのプレー、面白かったよ。今度中継あったら絶対見る。」
「それは光栄。ぜひヨロシク」
パチンと徳川はまたウィンクして、握っている手にもう1度上下にしっかり振ってから、名残惜しげにそっと離した。
それを合図に、感激した様子で、周囲を囲んでいた名だたる選手達が近づいてきた。
『ヘイ、徳川!その子は誰だい?素晴らしい金の卵じゃないか!』
『俺達にも紹介してくれないか?』
『いやぁ、久々に心躍る楽しいゲームを見せて貰った。感激だよ』
ドッと押し寄せる大人達に、リョーマは驚いたのか、ギョっと目を剥いて立ち位置をズラす。まるで、逃げる体制の猫のようだ。
『いや、私も知り合ったばかりですから…』
それ気づいた徳川がやんわりと断ろうとした時、そのセリフは、大きな声に遮られてしまった。
「リョーマ!用事思い出したから急いで帰んぞー!」
日本語でのそのセリフは、徳川とリョーマにしか意味をなさず、他の者は2人にツラれて反射的にその方向を振り返った。
『あ、あれは…!』
『ああ、間違いない。彼は、昔、東の国から来たサムライと呼ばれていた…』
『『『ナンジロウ・エチゼンだ!』』』
何人かの声がハモる中、南次郎はズカズカを足を進めて入ってきた。
リョーマは父の登場にヤレヤレと溜息をつきながらも、そちらに歩み寄る。
「どうしたぁ?ラケットなんか持ちだして…。テニスをやる気になったのかなぁ?リョーマくぅん?」
からかうこの口調が、わが父ながら気に食わないのだ。
「別に。俺の勝手でしょ?」
ツンとそっぽ向きながらも、リョーマは父の隣に並んで立った。
「可愛くないねぇー、ウチのガキは。」
誰が聞いても嘘とわかるくらいデレデレとしながら言う南次郎の前に、リョーマの後ろについてきていた徳川は1歩進み出た。
「お久しぶりです、越前さん。俺の事、覚えておいでですか?」
徳川は、高校時代に1度だけ、日本のスクールで南次郎に逢ったことがあった。
ビデオで見た彼のプレーの大ファンだったので、短期間ではあったが南次郎が居る間は毎日欠かさずスクールに顔を出したモノだ。
「お前は……確かずぅーっと前に会ったことあるガキだよなぁ?ココに居るってこたぁ…なったんだな、プロに。」
懐かしさを含んだ声に、徳川も微笑を返す。
「はい。あの時言った通り、俺はあなたに負けないプレーを目指してますよ。」
自信はあると言わんばかりの態度に、南次郎は苦笑した。
柔和なマスクとは裏腹に、内面はかなり熱く、強い信念を持つ男らしい。この虫も殺さぬような優しげな顔はカモフラージュなのだと、南次郎はすぐに気づいた。
「おうおう、言ってくれるぜ。まだまだヒヨコのクセによー」
「でも、この人強いよ。親父と同じくらい」
文句を言ったのは徳川でなくリョーマだ。
その息子の様子に、南次郎は目を瞠った。他の誰かのことで、こんなにムキになるリョーマを見たのは初めてだったからだ。
「ありがとう、リョーマくん。でもいいんだ。確かに俺はまだ新人で、この人から見たらヒヨコみたいなもんだ。もちろん、いつか必ず抜かせてつもりだけどね。」
代わりに怒ってくれてる子供をやんわりと宥める徳川の目は限りなく優しい。
「でも・・・」
「いいんだ。それより、君のコトだ。」
「は?・・・俺?」
首を傾げて見上げてくる子供の手を両手で包むように取って、徳川は真剣な眼差しで泳いでいる少年の視線を絡め取った。
「君はテニスをやるべきだよ。これだけ打てるのに本気で取り組まないのは勿体ない。・・・いや、違うな、そうじゃない。俺がまた、是非、君とプレーがしてみたいんだ。もっともっと強くなった君を、この目で見てみたいよ。」
「俺と?」
でも、先程のゲームで自分が取れたのは僅か1ポイントだけだ。相手にもならなかったのに…。
そう思ってるリョーマの気持ちを察したのか、徳川は再び、真摯な瞳で告げた。
「勝ち負けの問題じゃない。俺は…君のテニスがとても好きだよ。」
その言葉に、リョーマはキョトンとしていたが、すぐに嬉しそうな笑顔を返した。
今まで父親としか手合わせして来なかったのだから当然なのだが、テニスで誰かにこんなコトを言われたのは、リョーマにとって初めての出来事なのだ。
「・・・だってよ、リョーマ。おら、どうすんだ?」
「ナンだよ、親父!勝手に話に入ってくんな!」
「おーおー、いっちょ前に恥ずかしがっちゃって・・・可愛いねぇ。」
バタバタ暴れる息子を、南次郎は片手でひょいと抱き上げて、曲げたもう片方の腕に座らせた。
聞き分けないときのリョーマを強引に連れ出す時の南次郎のクセだ。どうやら相当急いでいるらしい。
(どーせ、また母さんとの約束を忘れてたってトコだろ?ったく、もう…)
物のように持ち上げられてムッとしたものの、こうなったら父に抵抗しても無駄だということは身を以て知っている。
仕方ないので、リョーマは大人しく首に手を廻してバランスを保った。
落っことされて痛い思いをするのは絶対にゴメンである。
<< BACK NEXT
>>
|