【1度目は偶然】(徳リョ)…実はオフで続きありの話(笑) P5
 


  この人、きっとモテるだろーな、テニスも上手いし。
・・・と、そんな感想を持ちながら、リョーマはそれを見上げていた。
「・・・別に。テニスなんて、別に俺、好きじゃないし。」
 嫌いというワケではない。本当は、面白いとも思っている。
でも、父の思惑通りにするなんて、なんだかちょっと悔しくてイヤなのだ。
「それは残念だなぁ。見るよりやってみる方が絶対面白いよ、テニスは。」
「だから…好きじゃないってば」

「本当に?でも、さっき真剣に見てただろ?ココの中で、プレーしながらさ。」
 トントンと頭をつついてくる徳川に、リョーマはいささか驚いた表情をした。
「なんで分かったの?」
「そりゃあ、分かるよ。ただの冷やかしか、そうでないかくらい。君の瞳は、他人の技を盗む目だった。」
「俺、そんなコトしないヨ!」
 言いながら、怒って立ち上がったリョーマの手を、徳川は大きな手で優しく捕らえた。父の手と同じ固い感触が、彼の長年の努力をリョーマに伝える。
「ゴメン。言い方が悪かったかな?悪い意味じゃないんだ。誰かのプレーを見てそれを吸収しようとすることは、プレーヤーなら当たり前のことだからね。だから俺は……君に見せるに相応しいゲームをしたつもりだよ。」
 面白かっただろう?と笑う徳川に、リョーマは機嫌を直して素直に頷いた。
手を引いて促されるまま、もう1度、ストンと腰を下ろす。

 そんなリョーマの頭を、徳川はポンポンと叩いて、大きな瞳に掛かりそうな長めの前髪をサラリと撫でた。
「よかった。機嫌直してくれて。」
 ニッコリという感じで微笑みながら覗き込まれて、リョーマは戸惑った。
子供扱いは好きじゃないのに、この人にされるのは腹が立たない。なんだか、くすぐったいだけだ。
そんな自分が、リョーマはとても不思議だった。

「何が好きなの?」
「え?」
「テニスでないなら、君はどんなスポーツが好きなのかなって思ってね。」
「・・・バスケ」
 好きなスポーツを答えるわりに、リョーマの様子には覇気がない。
しゅんと叱られた後の子犬のように俯いてしまった頭を、徳川は慰めるように撫でた。
上質の猫の毛並みのような滑らかさが、男の少し骨張った指の間をすり抜ける。
「…好きっていうわりには元気がないなぁ。・・・何か、嫌なことでもあったのかな?」
「・・・俺・・・」
「うん?」
 言い淀む子供を、徳川は急かすことなく静かな声で促した。
「・・・チビだし、生意気だから…だから…」
「シメられた?」
「・・・ムカついて、相手、ぶっとばしちゃった。」
 物騒なことを呟いて又、黙り込んで子供を、徳川はヨシヨシと何度も撫でてやった。

 別に、特別子供好きというワケではないのだが、この少年には心惹かれる何かを感じてしまう。何だか、放っておけないのだ。
「そうか。スポーツやる上ではよくあるコトだよね。…で?もう嫌いになっちゃったのかい?」
 下手な慰めや励ましをせず、事実だけを淡々と受け止める徳川に、リョーマは少し驚いた。
「嫌いじゃないけど…よく分かんない。」
 この気持ちを、何と言えばいいのだろう、とリョーマは思った。
 バスケットは今でも大好きだ。でも、あの事件以来、憑きものが落ちたみたいに『やりたい』という気持ちがなくなってしまった。
 リョーマが困惑した顔で見上げると、男はふわりと穏やかな微笑みを見せた。
「・・・体が自然と動き始めないなら、それは君が夢中になれるものじゃないと思うよ。諦めるのが正解だなんて言わないけど、君はまだ若くて山ほどの可能性とチャンスを持ってる。別のモノを探してみるのも、悪くないんじゃないかな?」
「え?」
 諦めるなよと、そう言う人はたくさんいた。
 一緒にプレーしてきた友人達や、普段は自分のやるコトに口出ししたりしない父母でさえも・・・。
 でもこの人は、他の誰とも違うコトを自分に言ってくる。
リョーマは徳川の言葉に心惹かれる何かを感じて、じっと大きな瞳で優しげに笑む目の前の男を凝視した。

「・・・・・・別のモノ?」
「そう。例えば・・・」
「例えば…」

「「テニスとか」」
 2人がお互いを指差しながら言った声は見事にハモり、しばし見つめ合ってから、出し合った指をちょんと触れ合わせてクスクス笑い始めた。
「おじさん、魂胆丸見え。」
「オジさんは傷つくなぁ。これでもまだ若いんだよ?せめてお兄さんにしてくれないか?」
 わざとらしく胸に手をあてて嘆く男を横目で見ながら、リョーマの顔にはいつもの表情が戻ってきた。
「・・・そんなに、俺のテニスが見たいの?」
 自分の嘆きなど素知らぬフリで、不敵に笑いながらそう告げてきた子供に、徳川は目を瞠った。

 リョーマは一瞬前とはまるで別人のようだった。
 先程の消沈した様子からは想像もつかない、キラキラと光る大きな瞳の強い眼差し。
こんな子供なのに、まるで獲物を狙うハンターのように挑戦的で、強い引力に引き寄せられる気分になる。
 でも分かる。多分、これが、この子の本当の素顔なのだろう。

(・・・魅力的な子だな。)
 可愛いとか、そういう外見だけでなく、生まれながらのカリスマとでも言おうか、他人の興味を惹きつけて離さない、強烈な魅力がこの子にはある。
───まだこんなに幼いのに、目が離せなくなる、圧倒的な存在感


「見たいって言ったら、見せてくれるのかい?」
「いいよ。眺めてるだけってのも、そろそろ飽きてきてたしネ」
「それは光栄だ。でも、ラケットはどうするんだい?」
 自分のラケットは、どう見てもこの子には重すぎる代物である。
思案顔の徳川に、大丈夫、とリョーマは笑って見せた。
「ロッカーに入れてあるんだ。取ってくるからちょっと待っててヨ。」
 言うと同時に風のように駆けていく少年の背中を、徳川は自然に浮かんだ微笑みで見送っていた。

 

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