【不可解な感情】(乾リョ)…全然カップリングになってない気が(汗) P2
 


 どういう意味だと問いながらも、心ここにあらずな様子に、スミレは苦笑する。
「あんたの想像している通りさ。あの子の名前は越前リョーマ。この春、入学予定の後輩だよ。せいぜい可愛がっておあげ。」
 もしかしたら、可愛がられるのは、上級生の方かもしれないけれど…という事は伏せておいて、スミレはニッと笑みを深めた。楽しくてたまらないという表情で。

───くせ者揃いの青学テニス部。
そこに、あの台風のような少年が加わったら、どんな楽しい事になるだろう?
 スミレは久々にワクワクとした、手応えを感じていた。今年はきっと、楽しい1年になることだろう。

「越前…リョーマか。」
 頭の中にインプットするようにゆっくり復唱した乾に、スミレはフッと小さく声をたてて笑った。
「興味あるみたいだね、乾。」
「え?……そりゃあ、先生にソコまで言われたら、気になりますよ。」
 図星を指されて、ズレてもいない眼鏡の位置を正す乾に、スミレは更に意地悪く笑った。
「ごまかしたってダメだよ。口元が笑ってるよ、あんた。」
「え?…そっ…そんなこと、ありませんッ」
 慌てて顔をそっぽ向ける、年相応の仕種に、今度は豪快に笑いが洩れた。

「ねぇねぇ、おばあちゃん。リョーマくん、ホントにウチの学校に来るの?」
 今まで乾の視界に入らなかった少女が、ぴょこりとスミレの隣から顔を出した。
 台詞から察するに、この顧問の孫なのだろう。
長いおさげが印象的な、可愛らしい少女である。言っちゃ悪いが、顧問とは余り似ていない。
「ああ、そうさ。…何だい、キョーミあるのかい?桜乃?」
「えっ…そ、そんな…そんなんじゃないもん、」
 顔を真っ赤に染めて恥じ入る姿はまさに大和撫子。
だが、そんな絵に描いたような大和撫子よりも、乾の心を占めるのは、またすぐ会えるだろう少年の姿だ。

「楽しくなりそうですね。…本当に。」
 心からの鮮やかな笑みと共に、乾は身を翻した。
「ドコ行くんだい、乾。まだ試合は残ってるだろう?」
「体動かしたくなってきたから、学校で自主トレでもしますよ。手強いライバルも現れるようだし。…じゃ、お先に失礼します。」
 振り返ってそう言うと、乾は足早にその場を後にしたのだった。

★☆★☆★

「乾センパイ」
───耳に馴染んだ呼び声は、自分よりはやや高い。
 まだ少年の声というだけで、特に甘い声でもないのに、何故己の耳にはこんなに甘い響きに聞こえるのだろうか?
 でも、その理由を、自分はもう知っているはずなのだ。
いつの間にか胸の奥に宿っていた、不可解な感情を認識した時に・・・。

 唇の端が少し上がる程度の笑みを浮かべて、乾は後方下を振り返った。
「なんだ?越前」
「………別に。ただ、呼んでみただけ。」
 何の用でも聞いてやるぞと思いながら振り返った身としては、余り嬉しくない言葉が返ってきたが、そんな事は気にしない。
 初めの頃は流石に、この少年の傍若無人ぶりに戸惑ったものの、今ではもう慣れた。
かえってそれが心地イイというくらいなのだから、我ながら驚きだ。
「じゃあ…なんでそんなに唇を尖らせてるんだ?」
 ちょんと、リョーマのやや拗ねたような口元の横を人差し指でつついて、乾は尋ねた。
他のメンバーがいないからこそ、出来る行動である。

 案の定、おそらく同い年に敵はいないだろうと思う程の実力と、クールぶっていながらも、どこか子供の愛らしさを残しているリョーマは、年上にかなり受けが良い。
 あまりの生意気さ故に、衝突する事も無くはないが、心底、彼を嫌っている者は一人もいないはずだ。
 リョーマがプレーを始めると、皆がそちらに注目する事を見れば、それは明らかである。
ライバル意識の視線はたくさんあるが、憎々しいと思っている目は見あたらない。
 中でも、レギュラー達は全員、彼を殊更、気に入っているようだ。
少年と同じ『レギュラーである』という特権を利用して、必要以上に構っているのを見れば一目瞭然。
 部活中にリョーマが一人でいるのは、遅刻の罰で走らされている時くらいだろう。休憩中ですら、必ず誰かが傍にいる。
まあ、この少年は、そんなコトは露ほども気にしていないらしい。もしくは、他人に注目されることに慣れすぎて、気づいてもいないのだろう。

 そんなリョーマだからこそ、暗黙のうちに不可侵条約のようなものがあった。
必要以上に触れていると、どこからともなく報復がやってくるのだ。

 もっとも、だからと言って、そんな条約を守るつもりなど毛頭ない。多分、全員がそうだろう。
 誰だって、好きな相手の1番になりたいに決まっている。
そして、その為の努力を、惜しむようなバカもいない。
(もちろん、俺も惜しまないけどな)
 そのひとつが、このコーチ役。
 残念ながら、今回はレギュラーの座を逃してしまったので、その代わりに彼に近づく口実が欲しくて、自ら名乗り出た。
 やってみるとなかなか面白い上に、全員のプレーが今まで以上によく見えるようになった。
今後の自分の為にもなるから、一石二鳥のポジションである。

(全国大会では、やはりコイツの隣に立ちたいからな)
 同じジャージを着て、同じコートに立って、同じ目線で敵を追いたい。
その為には、あの一癖も二癖もあるレギュラー陣を出し抜かねばならない。
今の自分には、更なるデータが必要なのだ。

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