「・・・ちょっと…ドコ見てんスか?」
パシンッと、リョーマの口元に当てていた指を乱暴に払われて、乾はハッと気付いた。
どうやら己の思考に意識を飛ばしていたらしい。
目の前の少年の顔が、ますます不機嫌になっているのを察して、苦笑する。
「ああ、悪い。…で、何を怒ってるんだ、越前。」
「・・・アンタが俺の方見ているのに、見ていないコト。」
何とも分かりにくい日本語だが、言いたい事は分かる。
「ボーッとしてて、悪かった。」
こういう時は、素直に謝るに限る。
口答えなどしようものなら、ますます機嫌を損ねること間違いなしだ。
「で、もう一つは?その前から機嫌が悪かっただろう?」
「・・・・」
「越前?」
促されて、リョーマはプイッと横を向くとボソッと言った。
「・・・だって…見下ろしたから。」
「・・・」
確かに、見下ろした。だが、それは不可抗力というものだろう。
見下ろさずに膝を折って目線を合わせたりしたら、更に怒り狂ったに決まっている。
乾は困ったように、溜息をついた。
「それは・・・しょうがないだろう?お前の方が、背が小さいんだから。別に他意はないぞ?」
低い位置にある顔を見るために目線を下げただけであって、彼を見下す気持ちなど毛頭ない。
それどころか、気持ちの上では見上げてるくらいだろう。
自分もこの少年の放つ光に魅せられた一人なのだから。
「それはそうだけど…なんかムカつく。振り向くと同時に見下ろしてるトコなんか、すっごいシツレイじゃありません?」
先輩相手に『アンタ』やら『ムカつく』やら言ってるリョーマの方がよっぽど失礼なのだが、本人は気付いてないらしい。
「それは、声でお前だと分かっていたからだ。そんなに見下ろされるのが嫌なら、お前の方に大きくなって貰わないと…。」
乾は両肩を竦めてみせた。伸びてしまったこの背を、今更どうにも出来ないし、するつもりもない。
こればっかりは、怒られてもどうしようもない。
「勿論、そのつもりッスよ。」
見てろよと言わんばかりのキツイ瞳で睨まれる。そんな視線ですら、リョーマのものなら心地よい。
別に甘く見つめられてるわけでもないのに、大きな瞳の中に自分だけの姿が映されているのを見ると、ゾクゾクとした不思議な高揚感を感じるのだから、本当に恋というのは不可解な感情だ。
「じゃあ、その一歩だ。ほら、今日の分。」
白い液体の入った2本の瓶が、閃いた乾の手元で乾いた音をたてた。
それを見て、少年が心底嫌そうに眉を寄せる。
どうやら余り牛乳を好まないらしい彼は、自らすすんで飲もうという殊勝な行動を取ったことは1度もない。
確かに小さくても、テニスが出来ないわけではないだろう。でも、背が高いことに越したことはないのだ。
「だから…んなもん飲んでも十日やそこらじゃ変わんないよ、絶対。」
なんとかして逃れようとする、無駄な努力すらも愛しい。だが、絆されるわけにはいかない。誰よりも、彼のために。
「でも、全国に行く頃には効果が出るかもしれない。何もしなければ、それまでだぞ?」
「・・・」
正論を掲げられて、リョーマが押し黙る。
分かってはいるのだ。でも、牛乳はやっぱり美味しくないから飲みたくないのだ。
「大きくなるって台詞を撤回する気なら、別に構わないけどな。」
また手を閃かせて、瓶を戻そうとする乾の腕を、リョーマが掴んだ。
そして、やや乱暴に瓶を奪うと、更に乱暴に1本を机の上に置く。
パック牛乳なら、潰れていたかもしれない勢いだ。
(予想通りの行動だ。…それにしても、乱暴だな。瓶にして正解だった。)
苦笑しながら乾が見守る中、リョーマはグイッと瓶を煽った。
あっという間に飲み干して、もう一本も同じく煽る。味も何も、あったものではない。
「…ゴチソーサマ」
不味いと言いたげに顔を顰めて言う挨拶に口元を綻ばせて、乾はヨシヨシとリョーマの頭を撫でてしまった。リョーマの大嫌いな、子供扱い。これをすると、相手が誰でも機嫌を損ねる。
「・・・・・・ちょっと、何してんスか?」
オクターブ下がった声で唸ると、リョーマは邪険に乾の手を遮った。
「子供扱い、止めてクダサイよ。」
敬語の形を取った、命令である。リョーマ独特の言い回しだ。
「ああ、悪い。お前があんまし可愛い顔するから、つい…な」
言われて、リョーマは呆気にとられると、すぐに眦を吊り上げて、みるみる内に怒りの形相となった。
「アンタ、やっぱムカつくっ!どっか目がおかしいんじゃないの?」
言い捨てるように怒鳴ると、少年はくるんと踵を返して、バタバタと駆けていった。
もちろん、部室のドアは開いたまま。飲み干した瓶もそのまま。ついでに、椅子まで蹴倒されている。
この片づけはやっぱり自分の役目なんだろうな、と思いながら、乾は苦笑した。
「誰が見ても、あの顔は可愛いと思うんだが…言ったら更に怒る確率、百パーセント。」
そんな言葉を零しながら、乾はテーブルに放り出されたままの瓶を手に取ると、そのうちの一つを口元に当ててグイッと煽った。
底の方に残っていた一口分の液体が、喉元を滑る。
生温くなってしまったソレは確かに不味かったが、何故か甘露とも思えるほどの味わいだった。
「全ては、この不可解な感情のなせるワザ…ってコトかな。」
今更、間接キスで喜ぶほど純情ではないはずだか、存外喜んでいるらしい自分に気付いて、乾は苦笑した。
リョーマの傍にいると、知らない自分がどんどん出てきて、表情にこそ出さないがこれでも毎日、驚きの連続なのだ。
だから、とことんこの想いにつき合ってみるさと小さく呟いて、乾は瓶を片づけると歩を進めた。
ムスッとまだ眉を不機嫌に顰めながらも、自分が来るのを待っているだろう少年のいるコートに向かって・・・・・・。
END
・・・今までかつて、こんな甘さの足りない小説を書いたことがあるかな?ってくらい甘くならない(涙)
やっぱり主人公が生意気クンだと難しいー!(>_<) でも、書くのは楽しいッスね。
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