【君という花】 P7
 


「…なっ!」
 これまでのカガリの言葉で、それが誰なのか薄々察していたイザークは、驚きの声を上げた。
そして、同時にアスランの激昂が重なる。
「やめろ、カガリ!冗談でもそんなことを言うな!」
「冗談でこんなことが言えるか!…私には分かるんだ!
理屈じゃない。言葉で聞いたわけでもない。・・・でも、ココに響くんだよ!痛いくらいに、アイツの声が!」
 アスランの叱責に、カガリはドンと己の胸を拳で叩きながら、怒鳴り返した。
「・・・お前にもラクスにも、他の誰にも聞こえなくても・・・私には聞こえるんだ!
私たちは双子だから…アイツが一生懸命に作ってるあの笑顔の下で、死にたいっ、もう終わりにしたいって、そればっかり、血を吐くような声で叫んでるのが聞こえるんだよ!・・・たった一人の弟が今も尚、あんなにも苦しんでいるというのに…どうして私は助けてやれないんだッ!私は……私は、それが凄く悔しいッ!」
「カガ…」
「優しいから・・・アイツは優しすぎるから、そんなこと言ったら私やお前が…いいや、皆が悲しむって分かっているから!…だから、口に出して言わずに、ああやって無理に笑ってるだけなんだ!そんなこと・・・お前だって、本当は分かってるんだろう!アスラン!」
「───でもっ───」
 苦しげに顔を歪ませたアスランを見て、それが真実なのだと、イザークにも分かった。

「・・・私も、カガリの言うとおりだと思います」
「ラクス!貴女までが何を…!」
「辛いからと目を逸らしていても、意味がありませんでしょう?アスラン。
このまま当たり障りなく、過ぎゆく時間と共に彼の心の傷が癒えてくれればと…そう願う貴方の気持ちは、私とて同じですわ。
ですが…果たして、その時間を彼は待っていてくれるでしょうか?」
 ラクスの言葉が示す事柄が、ドンと空気を重くしたことに、その場にいる誰もが気づいた。

「守れなかった命と奪ってしまった命。そのどちらも等しく同じであることを、誰よりも知っていて・・・なのに、己の命だけはそれに等しくないのだと、そんな風に思いこんでしまっているあの人が・・・」
 いつも癒しの笑顔を讃えている歌姫の表情が、見たこともないほど暗く沈んでいるを見て、イザークは内心でとても驚いた。
アスランとは別の意味で、彼女も人間らしい感情からほど遠い人だと、そう思っていたからだ。
 もっとも、第3勢力の盟主として立ち上がった時には、既に、今まで自分が見ていた彼女の姿が仮のものだったということは、分かっていたのだが・・・。

「守れなかった命と、奪ってしまった命…か…」
 先ほど、自分に言われた言葉を同じその言葉が繰り返されて、イザークはそれを口ずさんで考え込んだ。

 とても重い言葉だと・・・そう思う。
言葉の意味を理解するのは簡単だが、内包する重さは計り知れない。
 だが、その重さに自分が潰されては、守りたいものも守れない。
それだけは確かだ…とイザークが思ったところで、再び、カガリの声が思考に割り込んだ。

「そうだ。・・・この戦争に巻き込まれて、守れなかった事に泣いて、命を奪ってしまったことに泣いて、苦しんで苦しんで・・・それなのに、アイツは最後まで戦う事をやめなかった。
アイツの全てが正しいとは言わない。でも、間違っているとも思わない。
少なくとも、私はアイツを見て、自分がどれだけ浅はかであったかを知った。
なんでそんなに簡単に人を殺すのだ…と、自分が訴え続けたあの言葉を、相手もまた、同じような気持ちで訴えていたのだと・・・そんな当たり前の事も知らなかった愚かな自分をな」

 アイツという言葉が誰を指すのかは、訊かなくとも分かっている。
新たに生まれたこの第3勢力の中で、最も重要であり、かつ、未だ、第3勢力の誰もが口を噤んでいるため、その存在が公には明らかになっていない者。
 先ほどから、ちらちらと名前が出ている、自分がまだ見たことのない人物。

───GAT−X105、ストライクのパイロット

 彼の搭乗する機体が、後からフリーダムに変わったことも知っている。
その後、ストライクには他の人物が搭乗したということもだ。
 けれど、いくらパイロットが代わったと言われても、自分にとってストライクのパイロットとは、会ったことのないその人物でしか、ありえない。
 ジクリ…と、消したはずの傷が疼いた気がして、イザークは少し眉を顰めた。

 その表情をどう受け止めたのか、新たにオーブという国を率いていく立場にある少女は、再度、口を開いた。

「アイツは…軍人らしくないと思ったらホントに軍人なんかじゃなくて、ならどうして戦ってるんだ、と何度も思った。
目に見えない傷を抱えたまま泣きそうな顔で戦う姿があまりに痛ましくて、もういい、もう止めろと…何度、私は言いたくなったかしれない。
誰かの命を奪うという行為が、あれほど似つかわしくないヤツを、私は他には知らない。そのくらい優しい奴なのに・・・だが、運命とは皮肉なものだな。
そんなアイツが、誰よりも強かった。この戦争を止めるためには、どうしてもその力が必要で…だから、戦わなくていいって、言ってやれなかった。
アイツはまるで…この戦争の為に差しだされた生け贄のようだと…私はずっとそう思っていた」
 グッと握られた両手の拳は目に見える程に震えていて、きっと血が滲んでいるだろうと思いながら、イザークはカガリの話に耳を傾けていた。

 避けられなかった運命に憤っているのか、悲しんでいるのか、それとも力の無かった己を悔いているのか・・・。
 恐らく、そのどれもであろうこの少女が、自分に一体何を言いたいのか、本当は分かっている。



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