「・・・ああ。仮初めの平和…まで話したか?」
「そうだ。・・・以前、作戦でこの地を訪れた時、俺は確かにそう思ったぞ。周囲を取り巻く世界の情勢を無視して、見せかけだけの平和を演じている愚かな国だとな」
「・・・だろうな。それは否定しない。実際、この国にはどちらの種族もいるが、住む地域も仕事も自然と分かれていたし、必ずしも種族間に溝がないわけじゃなかった。
互いに認めあっているフリをして、今にも切れそうな蜘蛛の糸で繋がっているような、そんな脆い関係だったと思う。
・・・だけど、一カ所だけ、その平和が真実のものだった場所が存在していたことを、お前達は知っているか?」
「真実だった場所…だと?」
ナチュラルとコーディネイターの共存。
そんな夢みたいなことが、実現できていたはずがない。
それが出来ていたなら、そもそもこのような戦争など起こらなかったはずなのだから。
そう言いたげなイザークを、カガリは強い視線で睨みつけた。
「あったんだよ。我が国でも、初めての試みだった。
ブルーコスモスの思想に染まったこの地球上では難しいということで、宇宙に…だったがな」
そう言ってカガリは上を指さした。
「・・・コロニー・・・か?」
「そうだ。・・・それも・・・お前達がよく知っている場所だ」
その言葉に、アスランを含めて3人が目を瞠った。
「・・・ま・・・まさか・・・」
一つだけ思い当たった場所を脳裏に浮かべて、タラリと冷や汗を垂らしながらそう言ったディアッカに、カガリは大きく頷いた。
「そう。・・・先の戦いが加速する先駆けとなったというべき場所。失われたオーブの資源コロニー、へリオポリスだ」
苦渋を滲ませた表情で告げるカガリに、誰も何も言えなかった。
「遠く戦渦を離れたあの場所でならば…と、両種族の人数を調整し、住む者もなるべく若い世代の、どちらの思想にも染まっていない子供達がいる家族を選んで移住を許可したそうだ。第1世代のコーディネイターが居る家族は、ほとんどが移住を希望したらしい。・・・この戦いにおいて、彼等はどちらの味方も出来ない、最も辛い立場だったからな」
最後のセリフに、アスランがとても辛そうに表情を歪めたのを、イザークは見逃さなかった。
「ほんの数年で、企画した政府が驚くほどに、あの地に住むナチュラルとコーディネイターの距離は近くなったらしい。
自分達は違うのだと認識しながらも、互いの得意分野で協力しあって生きていく世界を、彼らは自分達の力で育んでいった。
・・・外の争いが激しくなればなるほど、彼等は心痛めただろう。そして、同じ轍を踏んではならぬと、心がけた。
特に第1世代がいる家庭はな。どちらにも味方できない自分たち家族が、共に生きていける場所は、もうヘリオポリスしかないと、それが分かっていたから…。
あそこだけは本当に・・・穏やかに、そして真の平和を築こうと望む者達が手を取り合って住む、真実の楽園だったんだ!」
今にも泣きそうな声で、吐き捨てるように言った少女に、イザークは反論の口を開いた。
「しかし貴様らは!」
それを本当に望んでいたと言うならば、何故、そんな場所で地球軍の軍艦などを作っていたのだと、イザークの中で、あの時の怒りが甦る。
自分たちザフトとて、好きで中立国のコロニーを襲ったわけではない。
だが、あんなものを、あんな武器を、地球軍に渡すわけにはいかなかったのだ。
オーブが、あの地であんなものを造ってさえいなければ、決して、少ないとは言え同胞が住むあの場所を、襲ったりはしなかった。
だが、そのイザークの反論を最後まで聞かずに、カガリはイザークの言いたいことを自ら口にした。
「そうだ!まさか、あそこであんなものが作られていたなんて、私だって信じたくないっ!金に目が眩んであんな馬鹿な真似を見逃した、愚かな重臣がいたこともだ。
・・・だが、全ては事実だ!あそこで地球軍の戦艦が造られていたことも、そして、あの地が、これから私たちか築こうとする真実の平和をもつ場所であったということも・・・そして…へリオポリスが崩壊し、宇宙の塵になってしまった事も…全部だ!」
ついにボロボロと大粒の涙を流しながら大声で叫んだカガリに、誰も続く言葉を告げられなかった。
「・・・それについて、今更、攻撃したお前達を責める気などない。あのような愚行を止めることもできなかった私には、その資格だってない。
・・・私は気づくのが遅すぎたんだ。確かめに行った時にはもう、ザフトの急襲が始まった時で・・・結局、この手は何ひとつ、護れはしなかった。
平和の先駆けとして築かれたあの場所は・・・本来なら、何よりも護らねばならなかったものだったのにッ!」
「カガリ」
ポロポロと堪えきれない涙を零して叫んだ少女の肩を、アスランが宥めるように叩いた。
「おまけに…ッ…おまけに、私が…私が、あそこにいたせいでッ…!
あの時、私さえあの場にいなければ、アイツは逃げ遅れたりしなかったんだ!
私に譲ったあの救命ポットで避難して、本国で護られていたはずだったんだ!
……私のせいで、キラが…私の弟が、あんな目に…ッ!」
尚も崩れそうなほどに泣き始めた少女の肩を、アスランはぐっと掴んで立たせた。
「やめろ、カガリ!アイツは、そんな風には思っていない!」
「でも…!」
言い募ろうとした少女に、アスランは激しく首を横に振った。
「やめるんだ、カガリ!…そうやってお前が嘆けば、アイツは更に傷つくだけだ。…俺はもう、これ以上、アイツを苦しめたくないッ」
言い諭すアスランの声も、苦しそうな響きを含んでいる。
諭されて瞬時に感情を抑えた少女は、そうだな…と一言、淋しげに呟くと、大きく深呼吸して高ぶった気を抑えたようだった。
「あの時、私は父に…そしてオーブという国に、大きな疑念を持った。
そして、いても立ってもいられなくて国を飛び出し、気づいたら、レジスタンスに身を投じて、がむしゃらに戦っていた。
今思えばそれは、何も出来なかった自分の無力が悔しくて、自己満足に過ぎなかったかもしれないと、そう思うけれど…でも、何もせずにはいられなかったんだ」
グッと握った拳を見つめながら言うカガリの気持ちは、痛いほどに分かった。
あの忌まわしき血のバレンタインの時に、自分達もまた同じように己の無力さに歯がみして、アカデミーの門を叩いたのだから。
「・・・尤も、今ではもう、 父の事を疑ってはいない。少なくとも、あの地で地球軍の艦が造られる事を父・ウズミが知っていたならば、何としても阻止しただろうと確信している。父があの場所で本当に護りたかったものは何なのか、今ならば私にも分かるからな」
「・・・真実の平和とやらか?」
「それもある。・・・でもきっと、それだけじゃなかった。その平和の中で、護りたい者がいたんだ」
「・・・死んだのか?」
「いや。生きてるぞ。・・・一応な」
「一応というのは何だ?随分と曖昧だな?」
「生きてるのは体だけだ。死にたいと・・・アイツは今、心の底から、それだけを願っているからな」
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