「守れなかった命も奪ってしまった命も、等しく同じものであったという事を、どうか忘れないで欲しい。無論、立場は違えどあの時、あの戦場で同じように戦っていた私自身も、それを忘れてはならないと、そう思っている」
「・・・」
「軍人としての教育を受けている者には、難しい問題だろう。
目の前に立ちはだかるものは敵であり、迷えば自分が死ぬ。だから殺して当然なのだ、それが正しい行いなのだと、そう教えられていたのだろう?」
その言葉に、イザークは頷いた。
「・・・私も同じさ。だから、敵を銃で撃つことを躊躇ったのは、初めて人に向けて撃った時くらい。後は・・・敵を倒すことに、歓びすら感じていた。
護るべき者のために自分は正しいことをしているのだと、馬鹿に一つ覚えのように、それを信じていたから・・・」
どこか遠い目をしてそう述べる少女が、自身もMSで戦に出ていたことも、それ以前はレジスタンスに参加してドンパチしていた型破りな女性だということも、イザークはディアッカから訊いて知っていた。
「それは・・・別に、間違いではなかろう?ただ、我らは互いに、護るべきものが違っていただけだ。そして、それは恐らく、この先も変わるまい。
だが、これからは、護るものは違えど、お互いに妥協し共存できる道を探るべく、俺はここに居るのだと、そう認識している」
その言葉に、カガリも頷いた。
「もちろんだ。元より、我がオーブは中立国。コーディネイターとナチュラルの共存を、どの国よりも望んでいると自負している。
尤も、貴殿らには、仮初めの平和にしがみつく、欺瞞で愚かな世界だ…としか、見えなかっただろうがな」
以前、この国に侵入した折に抱いた感想をズバリ指摘されて、イザークは沈黙で肯定した。
ここで適当に言葉を濁すなんて芸当は、自分には到底無理だ。
そんなイザークの性格を理解しているディアッカは、その様子に笑いを堪える顔になり、勘に障ったイザークはガスッとその足を思いっきり踏みつけた。
「いてぇ───ッ!」
「煩いぞ、ディアッカ。仮にも一国の代表の前で見苦しい」
「思いっきり人の足踏んどいて、何言いやがる!」
「私は別に構わないぞ?公式に会談している時間でもないし。・・・そうだな。肩が凝る前に、お互い本性を出すことにしないか?お前も本来の口調に改めろ」
敬語はやめても、まだ、ネコの皮を被ってるだろう…と、笑いながら付け足したカガリの言いように、イザークはポカンと口をあけて呆けた。
初対面の【女性】にここまで命令口調で物を言われるなど、初めての経験である。
自分の母も、立場上、男勝りな口調だが、この少女はその上をいくらしい。
”・・・というか、随分、口が悪いな?仮にも一国の姫だというのに・・・”
よくよく思い返せば、さっきからお前…などと称されているのだが、初対面の人間にそう呼びかける女性というのは、ナチュラルとかコーディネイターの別なく、少ないはずである。
一体、この国の教育はどうなっているのだ…と思いつつ、だが、第一印象としては意外なほど悪くない、とイザークは思った。
それはきっと、彼女に悪意が全くないからだ。
口調が丁寧でも媚を売るだけの奴よりは、よほど付き合いやすい相手である。
イザークはフッと口元を緩めた。
「・・・オーブ代表は型破りな姫君だとは聞いてはいたが、ここまでくればいっそ見事だな」
「姫って言うな!私はカガリだ。カガリ・ユラ・アスハ!カガリでいいぞ。お前はこいつの友達なんだろう?」
そう言ってアスランを示す少女に、イザークは眉をしかめて返す。
「ふざけるな!俺はそんな腰抜けと友人になった覚えなどない」
怒鳴って、フンッと顔を背けたイザークに、今度はカガリが眉を跳ねあげる。
「なんだと!アスランは腰抜けなんかじゃない!訂正しろ!」
顔を紅潮させて怒鳴ってきた少女を見て、おや?と、男女に機微には余り興味のないイザークでも気がついた。
どうやら目の前の少女は、アスランに想いを寄せているらしい。
「わかりやすいだろ?」
カガリの態度をちゃかして言うディアッカの言葉に、イザークは頷く。
「ああ。・・・変わった趣味だな」
「どっちが?」
「・・・ということは、アスランの方も…なのか?」
これはかなり意外だった。
まあ、確かに、あの歌姫とはどう見ても政略的な関係で、嘘臭い笑みしか浮かべていないな…と思っていたが、それでも、およそ感情というもの欠落しているとしか思えないアスラン・ザラが、誰かに恋をするとは思わなかった…というのが、イザークの本音である。
「う〜ん。…ま、アスランの方は、憎からずって程度だけどな。少なくともラクス嬢よりはそれっぽいぜ。…まぁ、カガリはアイツと顔が似てるから、話しやすいっていうのもあるんだろうけど…」
「アイツ?」
示される人物が分からなくて疑問を投げると、ディアッカが返事をする前にカガリの大声が響いたので、結局、イザークには それが誰だか分からなかった。
「お前も腰抜けなんて言われて黙っているな!何故、怒らないんだ!」
「イザークの言うことに一々反論してたら時間がいくらあっても足りない。・・・それより、話が脱線してるんじゃないのか?カガリ」
他に言いたいことがあるんだろう?と、子供に諭すような口調で アスランに言われて、カガリは言葉を詰まらせた。
「ううっ・・・そ、そうだな」
そして、クルリと勢いよくイザークの方へ向き直る。
「脱線してすまない。・・・話を戻して良いか?」
「ああ、構わん」
「・・・お前・・・なんだか偉そうなヤツだな?」
「そっちこそ、人のことは言えまい?第一、口調を戻せと言ったのはお前だろうが」
すっかり元の俺様口調になっているイザークに、アスランは溜息をついた。
それでも、貴様ではなくお前と呼ぶあたり、一応、まだ、気遣いをしているのだろう。
「何か言いたそうだな、アスラン?」
「いや。どっちもどっちだなと・・・。ほら、カガリ。話を戻すんだろう?」
絡まれる前にさっさと話をすすめるべく、アスランはカガリを促した。
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