「ところでさぁ・・・」
ラクスへの挨拶をそこそこに、誰かを捜すようにキョロキョロと周囲を見回したディアッカに、イザークは訝しげな視線を向けた。
それにラクスが、パンと軽く手を打つ。
「あらあら、すみません。このような入り口で…。さあ、どうぞお入り下さいな。ディアッカ、貴方の望む方は中にいらっしゃいますわ」
ニッコリと笑顔でもって告げられたラクスの言葉に喜色満面の笑みを浮かべたディアッカは、いそいそと駆け込み、途端に転ぶと、そのままザザーッと突っ伏した。
そして、地を這うような低い声で、かつての同僚の名を呟いたのである。
「・・・ア…アス…ラン…」
ディアッカが入った部屋で振り向いたのは、宵闇色の髪と鮮やかな翠の瞳を持つ、かつての同僚、アスラン・ザラ。
もちろん、彼は決して、ラクスが言ったような、『ディアッカの望む方』ではない。
…というか、ディアッカは今の今まで、この男がオーブにいたことすら忘れていた。
「・・・正真正銘の馬鹿か、貴様は…」
恥だ…と言わんばかりに、如何にも馬鹿にした口調でそう零したイザークは、へたり込んだディアッカの躯を軽く蹴飛ばし、目の前に立つ人物に鋭いブルーアイズを向けた。
「久しぶりだな、イザーク」
相変わらず、条件反射のように眉を顰めて睨んでくるかつての同僚に、アスランは苦笑しながら手を出して挨拶した。
…が、もちろん、イザークはその手を取らず、フイッと顔を横に背けて握手を拒否する。
イザークのこの反応を半ば予想していたアスランは、すぐに手を引いてヒラヒラを動かすと、へたりこんでいるディアッカへ、その手を差し出した。
「ディアッカも久しぶりだな。・・・どうやら、余計な期待を抱かせてしまったみたいだが…?」
フッと笑うアスランに、煩ぇと言葉を返しながらも、ディアッカはその手を取って立ち上がった。
かつて同僚であった時には余り懇意でなかった2人だが、第3勢力として共に戦った時には、真実の意味で仲間となっていた。
「あらあら、仲良しさんですわね?…お二人は」
「ラクス、虐めるのはその辺にしておいてやれよ。流石にディアッカが哀れだぞ?」
カガリにまでそんな風に言われたディアッカの立場は、これ如何に・・・。
そんな友の姿に、情けない…とばかりに大きな溜息をついて、イザークは首を振った。
アスランとの再会に喜ぶどころか、表情を険しくしたイザークに、カガリは首を傾げる。
「何だか険しい顔をしているようだが、お前もアスランとは仲間だったんだろう?」
「同僚だったのは事実だが、それだけだ」
ムスッと、如何にも嫌そうな表情でそう答えるイザークに、なるほど、あまり仲は良くなかったのかと察したカガリは、納得したように頷く。
「ふぅん。…まあ、いいけど。・・・そう言えば、お前って、デュエルのパイロットだったか?」
「…そうだ」
自分がデュエルのパイロットだということは、知られているだろうと思っていた。
そして、デュエルのパイロットであったからこそ、イザークには言わねばならない言葉がある。
ちょうどいい、今、言おう…と、イザークが口を開く前に、カガリが再び、話し出した。
「・・・そうか。では、私は礼を言わねばならないな」
余りにも予想外なそのセリフに、イザークは一瞬、呆けたように口を開ける。
「は?」
「あのヤキン戦の折り、私はお前にこの命を救われた。ピンクのストライクに乗っていたんだが・・・覚えてないか?」
「・・・いや…覚えがないが・・・」
ピンクのストライクを見た覚えはある。
だが、助けた記憶は、イザークには無かった。
「そうか。…だが、あれがデュエルだった事は間違いないからな。あの時は、助かった。有り難う」
「・・・覚えもないのに、礼を言われても困る。それに・・・」
少し俯いて逡巡すると、イザークは意を決したように顔を上げ、真っ直ぐにカガリを見た。
「・・・俺の方こそ、謝らねばならないことがある」
「・・・謝らねばならないこと?」
首を傾げたカガリに、イザークは頷いた。
「・・・先の戦いの折り、俺は第8艦隊から降下したシャトルを連合軍のものと思い、撃ち落とした。・・・だが、あのシャトルに乗っていたのは、オーブの避難民であったことを、法廷で教えられた」
「ああ…その事か…」
カガリは、形容しがたい難しい表情になり、俯いた。
「あのシャトルを撃った件、公の立場として謝罪を述べることはできない。だが、俺個人としては済まないことをしたと…心からそう思っている。・・・申し訳ない」
そう言って、ナチュラルであるカガリ相手に、腰から深々と頭を下げたイザークを見て、アスランは驚きの表情を浮かべた。
元々、真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐな奴だという事は知っていたが、山より高いプライドと称されるほど気位の高い彼が、まさか頭を下げるなんて思わなかったのだ。
そんなアスランの心の声に気づいたディアッカが、その肩をポンッと叩く。
「あの戦いでさ。・・・イザークにも、いろいろ思うところがあったってことだ」
「・・・そうか」
この戦争で、誰もが少し、大人になったということなのだろう。
アスランは、イザークの姿を見ながら、そう納得して微笑んだ。
「・・・顔を上げてくれ。私とて、謝られても困る」
カガリの言葉に、イザークは顔を上げる。
真っ直ぐにぶつかる琥珀の瞳には、強い想いが込められていた。
「…仕方ないと、一言で割り切れる問題ではないし、私もこの国の代表として、お前に『許す』と言うわけにもいかない。
・・・だから、私も個人的に言わせて貰っていいか?言いたいことが、たったひとつだけある。」
そのカガリの言葉に、イザークは頷いた。
<< BACK NEXT
>>
|