彼女の言葉に従ってよいのか?と部下達に目配せされたイザークは、それに頷き、カガリに向き直る。
「悪いが、この者だけは私との同行を許可頂きたい。」
そのイザークの言葉で、一歩前に出たのは、既に青年として躯が出来上がったのか、この数ヶ月で少し大きくなった、ディアッカ・エルスマンだった。
「よう!おてんば姫、久しぶりだな。」
一国の代表に向かって礼儀を欠いた挨拶をする部下に、イザークは眉を顰め叱りとばそうと口を開きかけたが、それはカガリが手で制した。
「久々だな、ディアッカ。…相変わらず、無駄にデカイなぁ、お前は…」
「無駄ってのは、あんまりじゃないか?」
「そうか?じゃあ、有能な証拠は明日からの働きで見せてもらうとしよう。こき使うからな?…まぁ、今日はお前もゆっくりしてくれ。・・・2人ともこちらへ。懐かしい顔に会わせてやろう。」
首をしゃくって颯爽と前を歩くカガリの後に続いて、イザークとディアッカは歩を進めた。
「こき使う…ねぇ…。くぁ~、お姫さん方は、遠慮がねぇからなぁ…」
「心配するな。頭はいらん仕事だ。体力勝負は得意だろう?」
「ヒデェな!それじゃ俺が馬鹿みたいじゃないか?」
「馬鹿じゃなかったのか?…私の中にあるお前の記憶と言えば、ミリィのケツを追いかけていたことしかないぞ?」
「・・・カガリ。それはあんまりじゃないか?…ってゆーか、俺のことよりさぁ。・・・お前、一国の姫君としてその口の利き方はどうかと思うぞ?」
同感だな、とイザークは思った。
第3勢力の中で共に戦っていたからか、どうやら、カガリとディアッカはそれなりに親しいらしい。
お互いにタメ口で言いたい放題に言い合っているが、顔つきは親しい者に対するソレである。
流石にその中に割って入ることも出来ず、イザークは黙って、2人の様子を観察していた。
驚いたことに、ザフト軍人である自分達の前を、カガリはたった一人で先導した。
確かに、今、カガリの命を取ったところで自分達には何の得もないが、それにしても、剛胆な行動だと言えよう。
”音に聞こえた彼女の噂は、どうやら、本当らしいな”
曰く、オーブの若き獅子は、男勝りのおてんば姫である、というもの。
その彼女の行動を当たり前のものとして受け止め、楽しげに会話をしているディアッカを見ながら、イザークはそう結論づけていた。
「ここだ」
コンコンとノックをして、カガリは緻密な彫刻が彫り込まれている観音開きの扉を開いた。
「テャンデェー!キタナ、キタナ!」
途端に、そんな機械声を響かせて、ピンクの物体が開いた扉の隙間から飛び出てくる。
予想していたのか、それとも慣れているのか、カガリはそれを難なく避け、イザークも又、眉を顰めつつ、自慢の反射神経で避けた。
不幸だったのは、そのイザークで影でピンクの物体に気づくのが遅れたディアッカである。
飛び出たピンクの物体であるラクスのハロは、ディアッカの顔面に見事な体当たりを決めていた。
「~~~イッ…痛───ッ!」
その場に蹲って、顔面を抑えるディアッカを、イザークは呆れた顔で見下ろした。
もちろん、立ち上がる為に手を貸す…なんて真似はしない。
「まぁまぁ、ピンクちゃん。お客様に粗相はいけませんよ。」
ほわほわと、柔らかな声で言いながら、開かれた扉から姿を現したのは、かつて、プラントのアイドルであったラクス・クラインである。
「お久しぶりですわ、イザーク。そして、ディアッカも」
「ご無沙汰しております、ラクス・クライン」
ニッコリと微笑みながら差しだされた手を取り、イザークはその優美な手の背に、軽くキスを落とした。
母親から、上流階級の人間としての所作を上から下までたたき込まれている彼は、あまり女性の相手は好まないものの、公式なエスコートは問題ない範囲でこなせる。
この行動は、たとえその身がプラントに居なくとも、ラクスは己のとって、尊敬すべき平和の象徴である歌姫であることに変わりはないという、イザークの意思表示でもあった。
それを受けて、ラクスも鷹揚に頷き、笑みを返す。
「お元気そうで何よりですわ、イザーク。エザリア様もお元気でしょうか?」
「はい。…評議会議員としての地位こそ失いましたが、今も元気に、部下へ激を飛ばしております。かつて急進派として敵対した母に対し、この度の温情ある扱い・・・クライン派の方々には、どれほど感謝しても足りません。有り難うございました。」
イザークの言葉に、ラクスは首を横に振った。
「私にお礼を言う必要はありませんわ、イザーク。…アイリーン達が、エザリア様のことを、まだ、これからのプラントに必要な方だと、判断したということです。・・・評議会の机の上で意見の相違があったとしても、プラントを護りたいというその願いは、同じはず・・・。皆、それを分かっているのですわ。」
「はい」
ラクスの言葉に、イザークも大きく頷いた。
母も自分も、その一点においては、誰にも劣らないという自信がある。
「・・・ところで、ディアッカ。まだ、痛むのですか?」
話が途切れたトコロで、蹲ったまま立ち上がらないディアッカに視線を向けて、ラクスが首を傾げる。
「ディアッカ…貴様、たかが玩具がぶつかったくらいで大げさだぞ?大体、軍人なんだからアレくらい、避けて当然だろうが・・・鈍いヤツめ」
「煩ぇな!・・・お前の影で見えなかったんだよ!…ったく、アスランのヤツ、余計なもんばっか作りやがって…」
赤くなった鼻をさすりながら立ち上がってディアッカは、居住まいを正して、ラクスに敬礼した。
「お久しぶりです、ラクス嬢。お元気そうで何よりです。」
「有り難うございます。貴方もお元気なようで、嬉しいですわ。」
ニッコリと、ラクスは聖母の笑みで、微笑んだ。
プラントにいた頃も、ラクスはピンクの妖精と謳われるほど美しい少女だったが、今はそこに母親が持つような力強い輝きが同居している。
決して自ら剣を取ることはなくとも、彼女もまた、あの戦争を乗り越えた猛者であるのだと、イザークは改めてそのことを実感していた。
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