【君という花2】 P2
 

 

  そのような経緯でもって、1ヶ月前に、イザークが連れ帰ったキラと対面したエザリアだったのだが・・・

「エザリア様?」 『トリィ?』
 急に黙り込んだ自分を心配したのだろう。肩に乗せた緑のロボット鳥と揃って首を傾げ、見上げてくる少年に、エザリアは満面の笑みを浮かべた。
「なぁに、キラ君」
 語尾にハートマークでも付いている勢いで返事をする。
 始めこそキラの滞在に難色を示したエザリアだったが、彼を一目見た瞬間、彼女はその態度を百八十度、ぐるりと変えたのだ。
───そう。イザークが連れ帰ってきた少年は、彼女の好みに、それはもう、クリーンヒットだったのである。

「あの…今日の葉は、どれにしますか?」
「そうねぇ・・・オーソドックスにダージリンはどうかしら?」
「はい。…じゃあ、ちょっと待ってて下さいね。すぐ、用意しますから・・・」
「あら。そんなに急がなくていいのよ。転んだりしては大変ですもの」
 というより、ゆっくりしてくれた方が、嬉しいのだ。その分、キラと過ごす至福の時を、堪能できるのだから。
 どうせもう、評議会議員ではない。
多少、自由に時間の都合をつけても、誰も文句は言わない(言わせない)。
 現在、ジュール家所有の企業を切り盛りしている女帝は、裏で滂沱の涙を流して嘆く部下を尻目に、やりたい放題だった。

「はい、有り難うございます」
 エザリアの気遣いに、ニッコリと嬉しげに笑み返して、キラはそれでもやっぱり駆けだしていった。
”ああ、可愛い!あの、はにかむような笑顔が堪らないわ!”

 姿も性格も、自分とよく似ているイザークを、エザリアはとても愛しているし、息子に何の不満もない。
けれど、それとは別に、ふわふわと可愛く愛らしいものに対する憧憬というものは、女性にとって永遠のテーマなのだ。
 自身やイザークが、お世辞にもそういうタイプではないことを充分自覚しているからこそ、己が持たぬソレへの憧れが、エザリアの場合、人一倍強かった。
だからこそ、イザークの嫁には絶対に、可愛い癒し系の令嬢を!
 それがエザリアの悲願であり、かのラクス・クラインの婚約者の座をザラ家と最後まで争ったのもまた、彼女であった。
 結局、僅かにアスラン・ザラの方が、遺伝子上ラクスに相応しいという結果が出て、希望を叶えることができなかった事は、イザークにとって、知らぬが仏の事実であった。

 その後も、何人かの女性と会わせてみたのだが、エザリア以上に人の選り好みが激しいイザークは、そのどれもを突っぱねた。
しかも、いくら可愛くても頭の足りない女はゴメンですと、なかなかキツいコメント付きで…だ。
 いずれもエザリアのメガネに適ったそれなりの人物だったのだが、イザークの好みには合わなかったらしい。
 じゃあ、自分で見つけてきなさいと言っても、彼は軍という無骨な仕事にかまけてばかりで、一向に伴侶を探している気配など無い。
 まあ、確かにまだ若いから急ぐこともないのだが、婚約者がいておかしい年でもないのだ。
エザリアの希望としては、早めに婚約して、ゆっくりと愛情を育み、熟してから婚姻するというステップを踏めれば最高だ・・・と、そう思っていたのだが・・・。
肝心にイザークに、そのつもりが無かったのである。

 そして今、愛息は、エザリアの目の前にいる可愛い少年に首っ丈だ。
キッパリハッキリ問い質したわけではないが、見ていれば分かる。
エザリアから見ても呆れるくらい、イザークの態度はあまりにも顕著だ。
 隠すつもりがないのか、隠しきれてないのかは不明だが、多分後者だとエザリアは思っている。

 そんなワケで、エザリアは当面、可愛い嫁は諦めた。
イザークにその気がなければ、気を揉むだけ無駄な話だし、何よりも、このキラより可愛い人物など、女でも、そうはいない。
 顔も仕草も性格も、キラ・ヤマトは全てにおいて、エザリア好みだった。あのラクス・クラインですら、遠く霞んでしまうほどに。

 可愛い嫁が出来たらこんな風に過ごしたいと、エザリアが考えていた全ての希望が、今現在、キラによって叶えられている。
 最大の喜びは、等身大の着せ替えだ人形だ。
ジュール家は、所有する企業内にアパレル産業も含んでおり、中に可愛いユニ・セックスな服をデザインして一品ものだけを販売している店がある。
そこでキラに似合いそうな服をデザインさせて、着せてみたところ、これまた、非常によく似合う。
デザイナー本人が、是非モデルに起用したいと言い出すくらいに、似合ったのだ。もちろん、そんな話はイザークが、速攻で却下したのだが…。
見せびらかせなくても、エザリアは自分が見られればそれでいい。
これからは、時々、これで遊ぼうと、彼女が密かに目論んでいることを、キラだけが知らなかった。

”もう、嫁はどうでもいいわ!キラ君さえいてくれれば…”
 そんな事を考えながら、エザリアが至福の時を過ごしていたその時、イザークが顔を出した。

「おはようございます」
「あら、イザーク。おはよう」
「おはようございます、母上。今朝もご機嫌麗しく…」
 優雅な足取りでイザークが既に着席している母親の元へ行くと、ジュール親子は慣れた仕草で、頬に挨拶のキスを交わす。その様子を、僅かに頬を染めながらボーッと見ていたキラに、イザークは微笑んだ。
「おはよう、キラ」
「おはよう、イザーク。イザークも、ダージリンでいいかな?」
「ああ」
「じゃ、待っててね」
 パタパタと、又、軽やかな足音が響かせて邸に戻っていくキラを、イザークは苦笑して見つめた。
”…まったく…走らなくてよいと言ったはずなのだが…”
 何度言っても、なかなか言うことをきかないキラ。だが、それすらも、不快だとは思わなくて、逆に愛しい気持ちがなお増していく。

 そんな、ほんわかしているイザークをよそに、キラのペットロボ達が動き出した。
 去り行くキラを緑の鳥が囀りながら追いかけて、転々と跳ねていた藍色のハロ、通称ハロランは、ゴーッと猛速球の唸りをあげて、イザークの顔面に向かってきた。
 もちろん、予想していたイザークはガシッとソレを捕らえると、力一杯放り投げる。
何もない空間に投げるのは、こんなムカツク物でも壊れたら、キラが悲しむと分かっているからだ。
 色も形もその動向も、何もかもが気に入らないこの世で最悪のマイクロユニットでも、キラの為に耐えろ、俺。
イザークのこれまでにない涙ぐましいほどの忍耐振りに、長いつきあいのディアッカですら驚いた。
 そうして、ブン投げられたハロランはまた転々と跳ね出して、緑の鳥と同じく主人の後を追いかけていった。
これもまた、キラの知らない、もうひとつの朝の挨拶である。



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