【君という花2】 P3
 

「イザーク」
「はい。何でしょうか?母上」
「あの、うっとおしいことこの上ない玩具は、なんとかならないのかしら?」
「俺も始末したいのは山々ですが…」
 キラの大事なものなので無理ですと、そんなニュアンスを含めた返事に、エザリアは嘆息した。
「そうねぇ。キラ君が可愛がっているものねぇ」
 実際、あのロボットは実によく、キラに尽くす。いや、キラにだけ尽くすと、言うのが正しい。
 お天気はどうだろうと呟けば、ホログラムでお天気ニュースを放映するし、皆は元気かなと呟けば、録画していた仲間達の映像を映し出す。
朝昼晩の食事や薬を忘れさせないように警告したり、お昼寝の時間もきっちり取らせる。その際に流れる子守歌は、ラクス入魂の歌声で披露され、その効果は抜群だ。
 もちろん、キラとお庭のお散歩(キラはハロを犬猫のように散歩させなければならないと思っているらしい)だってするし、彼が退屈しだしたら、ホログラムによるゲーム対戦までこなす始末だ。

 そして、極めつけは、やはり、トリィと連動してのオーブとの極秘通信だろう。
空高く舞い上がったトリィは、プラントの外壁に張り付いて、そこでアンテナに早変わり。 ハロランが、宇宙に飛ばされているらしい中継ポイントを繋いでオーブへ繋ぐ。
 Nジャマーに影響されないその技術には、エザリアも称賛の声をあげ、大層興味を抱いたのだが、生憎、ハロランはキラ以外の手を徹底的に拒絶して、己に触れることを良しとしない。無理をしようとすると、攻撃までしてくるのだ。
 そう。アスラン特製のハロランは、キラ以外の人間にとっては、憎たらしいことこの上ないペットロボであった。この危険な物体をペットロボと称していいのかは、甚だ疑問ではあるが。
 有能だけど憎たらしい。まるで、誰かを彷彿とさせるそれは、イザークにとって破壊衝動に駆られるものだが、ハロランを両手に、トリィを頭に乗せて、幸せそうに微笑むキラを見てしまっては、どうにも手が出せない。
 あんなものでも、キラにとっては、親友からも貰った大事な大事な宝物なのだ。
嬉しそうに、楽しそうに、まるで生きているもののように扱って、ペットロボ達に語りかけるキラの姿が、それを如実に現していた。
「仕方ないわね…。時々、貴方達2人の間をわざと飛び跳ねているように見えるのが気に入らないのだけれど、まあ、貴方がいいならいいわ」
 エザリアの言葉の通り、あのハロランは、常にイザークに対して反抗的だ。恐らく、製造者がその意図を持って、入念にプログラムした結果だろう。
 むかつく。そう思ったことは多々あるが、愛するキラのために、イザークはその怒りにも耐え続けていた。

「お待たせ~。あれ、どうかしたの?」
 エザリアとイザークの表情が、険しく見えたのだろう。戻ってきたキラはコトリと首を傾げ、不安そうにイザークの顔を伺ってきた。
「いいえ、何でもないわ。…それより、温かいうちにキラ君お手製の朝食を頂きましょう」
 イザークが応える前に、エザリアが即座に表情を改めてキラを食卓へと促した。
それに、本当に?と首を傾げたものの、素直なキラはすぐに彼女の言葉を信用する。
「はい。イザーク」
 スッと、なかなか慣れた手付きで紅茶を入れて、キラはそれをイザークにさしだした。
 養母であるカリダに幼い頃から教えられたというキラの淹れる紅茶は、いつも絶品の味であり、舌の肥えたイザークとエザリアも絶賛する一品だった。
「ああ。有り難う、キラ」
 受け取って香りを楽しみ、一口含んで、美味しいぞ、と言う。これが、最近のイザークの、朝に欠かせぬ日課である。

 今でこそ、こんな日々にも慣れたのだが、当初イザークは、キラに朝食の支度などという使用人の仕事をさせる気など、毛頭なかったのだ。
 キラは療養目的で預かったオーブからの客人であるし、何よりもイザークにとってはこの世で誰よりも愛しい相手だ。
それこそ、絹でくるんで大切に大切にしたってまだ足りないくらいなのに、何故、弱った身体に鞭打って働かせることなど出来ようか?
 だか、しかし、キラ・ヤマトという人物は、イザークの予想を遙かに上回るほど、頑固な一面を持っていた。

 プラントへ来て2週間くらいは、大気圏を抜けた影響のせいで不調だったキラだが、彼はその後、目覚ましいほどの回復を遂げた。
自ら、積極的に食事も睡眠もとって、随分、頑張っているなと思っていたのだが、まさか、そんな目的があったとは…。
 しかも最初は、キラ自身も得意だと言っているプログラミングの仕事をしたいと言い出したのだ。これには、流石のイザークも慌てずにはいられなかった。
 ディアッカから聞くかぎり、その方面でキラの能力は、常識を遙かに逸しているという。当然、そんな真似をすれば、すぐに世間の注目を集め、軍に目を付けられないとも限らない。
 当然、イザークは激しく拒否したが、キラは自分だけ何もしないなんてイヤだと言って聞かず、この時、2人は初めての口喧嘩をした。
 確かに、いい年の男が何もしないでゴロゴロしているのは感心できないし、同じ事をしろと言われたらイザークだって抗議しただろう。キラの気持ちもよくわかる。
 だが、しかし、キラの望み通りプログラマーになることなど、認められるわけもない。この上なく危険な行為だと言えるだろう。
 板挟みな感情に、イザークがウンウン悩んでいると、ディアッカが助け船を出してくれた。
仕事帰りにジュール家に寄った彼は、お茶をしながら、懇々とキラの言い分を聞いた。そして、それを踏まえて、とくとくと、どうしてダメなのかを、分かりやすく説明したのだ。
すると、キラはあっさりと納得して、しゅうんと小さくなってしまった。
「別に、落ち込むことないだろう?プログラム以外でも、お前、得意なことあるじゃん」
 ディアッカにそう言われて、キラは不思議そうに首を傾げた。そんなキラに、ディアッカは茶目っ気たっぷりに、手にしていたカップを持ち上げる。
 それだけで、キラは彼の言わんとすることを察したのだろう。うん、と頷いて、イザークに向き直り、朝食の支度をしたいと申し出たのである。
 ちなみに、それに対してもイザークは否を吐こうとしたのだが、その口はディアッカの片手に塞がれた。その後、1晩かけてじっくりと、ディアッカからキラの扱いに関するレクチャーを受ける結果となったのである。

「では、行ってくる」
 朝食も済ませ、すっかり身支度を整えたイザークは、白い軍服を鮮やかに着こなして振り向いた。
今やザフトで最も期待されている隊長に相応しいその出で立ちは、誰の目から見ても凛々しく立派に見えるだろう。
 それを満足げに見やりながら、エザリアはさりげなく、自分の横に立っているキラをイザークの方に押し出した。

「行ってらっしゃい、イザーク。車に気をつけてね」
「ああ」
 エザリアに押されてポンと前に出てきたキラの身体を受け止めると、イザークは少し屈んでキラの方へ頬を向けた。
それに、ほんのり頬をピンクに染めながらも、キラが伸び上がって小さなキスを落とす。
 1週間くらい前から始まった、この朝の『行ってらっしゃい』
 これは、エザリアがキラに、一緒に住む私達は家族なのだから挨拶のキスは必須だと教え込んだ結果、始まった習慣だった。
 これを眺める為だけに、忙しいはずのエザリアが毎朝この場にいるといっても過言ではない。

”まるで新婚家庭のようだわ。…ああ、私の夢の第一歩!”

 そんなふうに、思い描いていた幸せな家庭の図を目の前にして、エザリアが内心で絶叫する。

───ジュール家は今日もとても平和だった。

End.

「君という花2」より、抜粋しました。

何とか締切に間に合ったので、無事、冬コミにて発行できそうな感じです。
2巻では少しだけ、ラブラブな感じになる2人ですが、恋人同士と呼ぶにはまだまだこれからって感じでしょうか?
エザリアママやディアッカに励まされ(茶々を入れられ?)つつ、奮闘するイザークを書くのは、なかなか楽しいデス。

・・・全3巻で終わるかどうか、自信がなくなってきましたが、とりあえず頑張って書きますので、ヨロシクです!\(^o^)/


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