”・・・でも、今はそれも邪魔だな”
ふぅと溜息をついて、イザークは最後の手段を脳内に思い浮かべる。
ちょっとばかり自分にもダメージがある上に、これが元ザフトレッドの同僚達に知られれば、面白くない結果になりそうだ。
だから、できればやりたくない方法なのだが、仕方がない。
溜息を聞き咎めたのか、ビクッと反応した腕の中の華奢な躯を、イザークは少し己の身から離した。
そして、顔を覗き込む。
「どうしても、泣かない気か?」
「泣く理由がないですから…」
いくらでもあるだろうに、まだ泣かないと言い募る少年に、内心で苦笑する。
アスランとは幼なじみだと聞いたが(ちなみに、あのアスラン・ザラに幼馴染みの親友なんてものがいたなど、この目で見てもやっぱり信じられない)、これではアイツもさぞかし苦労させられたのだろうなと、溜息をひとつ。
イザークは、できればやりたくない…と思っていた最後の手段に、ゴーサインを出した。
「ならば・・・理由を作ってやろう」
「え?」
思わぬセリフに驚いて上げられた、年より幼く見える小作りで美しい顔の額に向けて、イザークはブンッと勢いよく後ろにのけぞらせた己の頭部を、振り子の勢いで降ろした。
───所謂、頭突きである。
ガツン…と、痛そうな音が響いたと思ったら、おでこに火がついたような痛みが走り、キラは叫んだ。
「───ッったぁ〜!!」
あまりの痛みに、目に溜まっていた涙がボロボロと零れる。
咄嗟にイザークから距離を取り、ヨロリ…と躯を揺らがせると、キラは痛む頭を抱えて蹲ってしまった。
”・・・いかん。少し勢いが強すぎたか?”
心配になり、イザークが手を伸ばそうとしたところで、コンコンッと軽快なノックが室内に響く。
…と、同時にガチャンッとドアが開き、そこに立っているラクスのスカートをひらりと揺らしながら、金色の固まりが部屋の中に飛び込んできた。
「キラ!三十分経ったぞ………って、あれ?キラ?」
カガリの目にまず入ってきたのは、立っていたイザークがこちらを振り向いて、肩の上あたりで切られてるおかっぱ頭の銀髪が、キリッと整った顔の横をサラリと流れる姿だった。
それは、通常の年頃の少女ならば、条件反射でポッと頬を染めるくらいには絵になる姿だったのだが、生憎カガリは普通ではない。
彼女は速攻で視線を横に泳がせ、一緒に居るはずの愛しい弟の顔を探した。
───が、見あたらない。
すぐに視界を広げたカガリは、イザークの斜め下あたりで、見覚えのある服が蹲っているのを見て、目を見開いた。
「キラ!」
カガリがそれを誰だと判断するより早く、その横を宵闇色の髪が駆け抜ける。
「キラ!…どうしたんだ?大丈夫か?どこか痛いのか?それとも、気分が悪いのか?」
わたわた…という表現がしっくりくるような、今までイザークが見たこともないほどに慌てふためいた、アスラン・ザラ。
ザフトの氷の貴公子とまで呼ばれて、何でも卒なくこなし、そのくせ喜びの表情ひとつ零すことなく、あるとすれば誰から見ても社交辞令とわかるような嘘くさい微笑だけ。
かのプラントのアイドルに対してまでその調子だった為、ザフト1のやっかみの対象にまでなっていたが、それでも、ほとんど表情らしい表情など見せなかった、あのアスラン・ザラにも、こんな表情が出来たのか…。
イザークが、そんなピントのずれた感心をしていると、そのアスランをさりげなく突き飛ばして、かの『プラントのアイドル』であった(イザークの中では既に過去形)ピンクのお姫様が、蹲るキラを柔らかな腕で包み込んだ。
「まあ、キラ。大丈夫ですか?」
細くたおやかな指で、優しく頭を撫でるその様は、まるで宗教画のように絵になっている。
少なくとも、アスランの手より百億倍はいいだろう、とイザークが思っていると、か細く辿々しい声が少女の問いに答えた。
「・・・ラク…っふ……うう〜ッ」
尤も、途中から泣き声に替わってしまって、さっぱり意味不明だが…。
その泣き声を聞きつけたカガリが石化状態から解け、急いで駆け寄る。
「キラ!」
「…うぇ…カガ…リィ…」
ラクスの腕の中、額を手で押さえたキラが、カガリの声に反応して斜め下からその顔を見上げる。
紫の虹彩を透明な雫で揺らす姿は、この上もなく美しく、可愛らしい。
泣いたせいで赤く色づいた目尻から零れたそれが、白い頬の上をゆっくりと伝い落ちていくのには、状況も忘れて見惚れずにはいられない。
”わが弟ながら、可愛い!”
このキラを見れば、こんなブラコン思考にハマッた自分を誰も責められないはずだと、カガリは心の中で誰にともなく力説した。
それと同時に、ラクス程の美少女の腕の中にあって、それより尚、可憐に見えるというのは男としてどうだろう?と、ほんのちょっぴり、その将来も案じてみる。
だが、とにかく今は、愛する弟にこんな顔をさせた男に、それなりの報復をするのが先だろう。
そんな結論に至った、既に”オーブの若獅子”という、とても姫君に付けられるとは思えない異名を付けられているカガリは、その名のままに行動を起こした。
わなわな…と肩を怒りで震わせてから、勢いよく立ち上がると、目に見えぬ速さで振り向いて、その勢いのままイザークの顔面に向かって拳を突き出したのである。
・・・が、イザークとて、今は臨時で政治家の真似事をしていようとも、ザフト・レッドを纏う程のエリート軍人だ。その動体視力たるや、並ではない。
おまけに、彼自身、スピード重視・突っ込み重視の戦い方を好む為、それに対応する術も、もちろん心得ていた。
イザークがサッと最低限の動きで、飛んできた拳を避けると、カガリはすぐに身を翻して、今度は回し蹴りをお見舞いする。
その動きは俊敏で、恐らく受ければ、コーディネイターといえどもダメージを負うのは必至だろう。
”若獅子の名は、伊達ではないようだな”
流石に、かつてバズーカ担いでレジスタンスに参加していたというだけはある…とイザークは、カガリという少女を戦士として評価した。
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