【君という花】 P16
 


 どうして、どうして、どうして、お前はそんなに強いのだ、と・・・。

同等の力を持つ4機を相手に、しかも、背後に大きな戦艦を庇いながら、漆黒の宇宙を自由自在に飛び舞うその姿を見て、何度も心の中で問いかけた。
 自分とアイツとで、一体何故、こんなにも差がでるのだ!…と。
何度も何度も考えて、結局、得られなかったその答えを、どうしても知りたかった。
 技術や能力で、劣っているわけではないと自負していた。
それでも差が出るならば、それはきっと、自分自身に誓った覚悟の差。
・・・ならば、自分の覚悟が奴に負けているのか…と、そう思えば、尚更、悔しくてたまらなかった。

 そんな風に、この自分に何度も煮え湯を飲ませ続けた相手が、心弱き存在などであるはずがない。
 ましてや、そんな人物を中心に、あれだけの人間が、志を同じくして集まることなどあり得ない。
たとえ、どれほど優れた戦闘技術を持っていたとしても…だ。
 人間としての魅力のない者に、人の思慕を集めることなど、絶対に出来ない。
だから本来の彼は、決して今、目の前にいるような、弱く儚い存在ではないはずだ。
 それだけは絶対だ…と確信しているイザークは、己の意見を曲げるつもりはなかった。

 そうして、睨めっこすること、数分。
その痛いほどの沈黙に、先に音を上げたのはキラの方だった。

 ガタンと音をたてて立ち上がり、部屋を出ようとするキラの腕を、イザークは素早く掴まえて顔を覗き込んだ。
 すると、まるで人形のようにどこか茫洋としていた紫の瞳が、さっきよりも少し揺れている。

”もう少しだ…”
 別に虐めたいワケではないのだが・・・と、心の中で言い訳しながら、イザークは一言、言った。
「泣け」
 聞きようによっては、かなり際どいセリフだった…と後で後悔するセリフだったが、これしか出てこなかったのだから仕方ない。

───たぶん・・見つけた。これが、本当のキラ・ヤマトだ。

 泣きたいくせに泣けなくて、瞳を揺らして戸惑っている、これが本来の彼なのだ。
人形のように微笑む殻を自ら作り上げて、その中に隠れていた、本物の彼。

「全くもって、馬鹿だな、貴様は…。泣きたい時にちゃんと泣かないから、泣いてはいけない…なんて、馬鹿な事を思いつくんだ。・・・ほら、泣け」
 聞きたくないけど聞こえてきたディアッカの話では、かなり泣き虫だ…という話だったが、多分、本当に辛い時、しんどい時には、それを隠そうとするタイプなのだろう、コイツは。
 だけど根が正直だから、そんな彼の態度は、余計に他人に違和感を抱かせてしまうのだ。

 泣けと促しながら、イザークはキラの頭を自分の胸元に引き寄せた。
 極めて当然であるかのように行動したイザークに、普段なら絶対こんな真似はしないという自覚は欠片もなかった。
 今はただ、この目の前の人物に、無理に堪えている涙を流させること。
それだけが、イザークにとって、重要な事柄であったのだ。

 さらりと指先が細い髪の間を滑って、其処からふんわりと柔らかい感触が伝わってくる。
 まるで、小さな子供の髪のような触り心地の良さに少し驚いたものの、自分より一回り細い躯がもぞもぞと、腕の中でむずがるように動いても、イザークは放そうとしなかった。

「嫌…です。僕は・・・別に、泣きたくなんかない!」
 叫ぶような強い口調だが、語尾がだんだん震えてきている。
気づかれないようにそっと視線だけ下にやってみると、案の定、自分の腕の中にすっぽりと収まってしまっている少年は、下唇を上前歯でキュッと噛みしめていて、赤い薔薇のように色づいてるそれを、今にも食い破ってしまいそうだった。

 あれが破れてしまうと、この精巧なビスクドールの如き美貌に傷がつく。
 そうなれば、あのバケ猫サイズの猫を被っている歌姫に、えげつない報復をされそうだ…と、イザークは頭の片隅で考えた。
 それはちょっと遠慮したい…と内心で呟きながらも、どうしても今、泣けないままでいる目の前の子供を泣かせてやりたい…という思いが、捨てられない。

 両者を天秤にかけて、キラの方に大きく傾いたイザークは、細い亜麻色の髪に潜らせている手で、ゆっくりとその頭を撫でながら、努めて優しい声でゆっくりと語りかけた。
 この場にかつての同僚達がいれば驚愕に目を見開いたこと間違い無しというくらい、普段のイザークからかけ離れた姿だったのだが、生憎、ここには当事者の2人だけ。
それを指摘するものは、誰もいなかった。
「強情だな。・・・だが、そんな震えた声では効果がないぞ?今なら誰も見てない。いいから泣いてしまえ」
「嫌ったら嫌です。…大体、貴方が見てるじゃないか!」
 少し砕けた口調で、キラが文句を言ってくる。
それは、ぼんやりしていた彼の印象を、よりくっきりはっきり感じさせるもので、思っていたよりずっと子供っぽい…という印象を強くさせた。

「こうしていれば、見えないだろう?…泣く子に胸を貸すことくらい、何でもない」
 よく言うぜ、泣く女にも貸さねぇくせに!…と、ディアッカがいたら毒吐くだろうセリフを、イザークは飄々と返す。
「僕は・・・子供じゃありません!」
 キッパリと断言されて、それはそうだろうな…とイザークも思う。
この年で子供扱いされれば、自分だって烈火の如く怒りまくるだろう。
 だけど、外見と実際の年齢はともかくとして、こうして必死に唇を食いしばり、眉を寄せながら涙を堪えているキラの姿は、泣く寸前の小さな子供そのものだった。

 イザークの脳内で、思い描いていた『ストライクのパイロット』像が、ガラガラと音をたてて崩れていく。
でも、その瓦礫の中に、今、目の前にいる少年が残っていて・・・。
 初めて、イザークの中で、想像と実物とが、ぴったりとひとつに重なった。

”・・・見かけによらず、強情だな?コイツ…”

 つまり、そこだけは正確に見抜けていたということか…と、クイズに正解したような小さな喜びが、不意に込み上げてくる。
一つでも、本当の彼を見抜けていたことが、単純に嬉しかった。
 強情である…という事は、別に悪いことではないとイザークは思っている。
それは、自分の意志や信念を、強く持っている…ということだから。


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