【君という花】 P15
 


「だが、今のお前では、俺の目的が果たせたとは言えない」
 イザークは、アイスブルーの瞳を真っ直ぐに向けて、きっぱりとキラにそう言った。
責めるような響きはなく、ただ、それが事実だと知らしめるように、ハッキリと。
「・・・」
 黙り込んだキラに、イザークは続ける。
「キラ・・・今のお前は、まるで抜け殻の人形のようだ」
 ビクッと、人形という言葉に目に見えて反応したキラに、何か地雷を踏んでしまったらしいと気づいたイザークは逡巡した。そして、少し言い改めることにする。

「すまない。別に、お前をけなしているわけではない。無論、傷つけたいわけでもない。ただ…俺は、キラ・ヤマトという人物の本当の姿を、納得したいだけなんだ」
「…でも、僕は…偽物じゃ…」
「ここに、確かにお前の体はあるだろう。だけど、心がない。いや、隠されている。お前が故意に隠している。・・・違うだろうか?」
 言い募ろうとしたキラの言葉を、イザークは続けて話す事で遮った。
「そ…れは…」
 歯切れの悪いその言葉こそ、真実だと言わしめているようなものなのに、彼は気づいていないのだろうか?
 そんなことを思いながら、イザークは尚も続けた。
「何もかも洗いざらい晒せ…とは言わん。だが、今のお前は何もかも隠そうとしているように、俺には思える。・・・お前は、自らが作り上げた殻の中に、隠れているんじゃないのか?お前の仲間達の前ですら…」
「ちが…」
「違わない」
「違う!」
「違わない!・・・そうだろう?キラ」
 震えて、今にも泣き出しそうなキラに、イザークは声音を落とした。

「お前の仲間達も、そんなお前に気づいている。だけど、皆、お前に何も言わないだろう?・・・それが何故なのか、お前は分かっているのか?」
 ふるふると、聞きたくないとばかりに耳を押さえながら首を横に振る仕草は何だかとても稚くて、どうにもやりにくい。
決してそんなつもりはないのだが、まるでいじめっ子にでもなった気分だ。
 だが、ここで手を引いたりしたら、折角ラクスがくれたチャンスが無駄になるだけ。
しかも、彼女には、『役立たず』の烙印を押されることになるだろう。
 別にラクスに好かれたいなどと思うわけではないが、侮辱されることはイザークの矜持が許さない。
 それになによりも・・・放っておきたくないのだ。
憎んでいたはずの敵なのに、キラをこのままの状態で放っておきたくない…と、そう思ってしまうから。

”この気持ちは、一体、どこから生まれたものなのだろう?”
 自分でも不思議だ。だけど・・・嫌じゃない。だから、もう、それでいい。

 イザークは呼吸を一つ吐いて、自身の気を落ち着かせると、ゆっくりと言葉を続けた。
キラを脅えさせないように。・・・そして、彼の心の奧に、ちゃんと届くように。
 かつてこれほどまで、慎重に言葉を選んだことがあろうか?と、自分で感心するほど真剣に言葉を探して、伝えた。

「アイツらがお前に何も言わないのは・・・お前が好きだから。お前が大切だから。壊れて欲しくないから。そして・・・」
 そこで、俯き加減のキラの顎に手をかけ、無理矢理顔を上げさせると、イザークは揺れる紫の瞳と強引に視線を合わせながら告げた。
「お前を・・・信じているからだ」
 必ず、お前の心は自分たちの元に戻ってくると、彼等はそれを信じているから。
 お前は、その仲間達からの信頼を、裏切るつもりなのか?
 まるで、そう問うようなイザークの視線に耐えきれず、キラはそのまま、ギュッと瞼を閉じた。

「・・・何だか、割れかけてる卵の中で孵りたくないと駄々を捏ねてるヒヨコのようだぞ?今のお前は…」
 苦笑しながら、顎を捕らえていた手を放した放したイザークに、キラはパシパシと目を瞬いた。
 そして、おもむろに小さく苦笑すると、小さく口を開いた。

「・・・孵りたくないヒヨコ…かぁ。・・・そうかもしれない」
 ね?トリィ…と、肩に乗るペットロボの頭を撫でて微笑んだ顔は、哀しそうな笑みにも関わらず、とても美しい。
 風に揺れる花のように、透き通る泉にように、邪気がない美しさ。
儚い幻のように、今にも消えてしまいそうな、淡い微笑み。
 例えば、散る桜を惜しんでふと足を止めてしまったり、今にも雲に隠れてしまいそうな朧月夜に、理由もなくもの悲しい気分になってしまったり。
 消えるからこそ美しい存在には、誰もが感銘を受け、無条件に心惹かれるものである。

 だけど、そんな、普通なら溜息をつかずにいられないようなキラの微笑みは、見事にイザークの逆鱗に触れてしまった。
彼はキリキリと眉を跳ね上げ、大きな声で怒鳴ったのだ。
「そんな瞳で笑うな!泣きたいなら泣けばいいだろうが!
誰だって苦しいし、辛い。生きていくことは、それだけで戦いなんだ。
・・・だが、それでも死ぬわけにはいかない。今、守らねばならない者達の為にも、死んでいった者達の為にも!
だから皆、次の明日に向かって歩み始めている。お前の仲間達だって、お前に手を差し出しているだろう?一緒に行こうと…。そんな風に、独りでいるなと…。
・・・なのに何故、お前は立ち止まり、彼等が過ぎ去るのを待とうとするんだ?アイツらの心の声が、聞こえないわけじゃないだろう?」
 今のキラの姿は、まるで、早く、早く、自分なんか見捨ててくれ、と訴えているように、イザークの目には映っていた。

 カガリが、キラはただ生きているだけだ、と言っていた意味が、逢ってようやく理解できた。
だが、納得はできない。
 目の前の少年は、決して弱い人間ではないはずだ。
それは、敵として、彼と最も多く対峙していた自分が、一番よく知っているという自負が、イザークにはある。

 恐ろしいほどに強かった───白い悪魔、ストライク。
モニターに映し出されるその姿を歯噛みしながら睨みつけて、がむしゃらに戦っていたあの日々を、自分は一生忘れることなどないだろう。
───本当はずっと、気づいていたのだ。
 負けたことはもちろん、凄く悔しくて腹立たしくて、許せなかった。
でも、それと同時に、自分はあの途方もない強さに憧れていたのだと、心のどこかで気づいていた。…認めたくなんか、ないけれど。


<< BACK          NEXT >>

 
NOVEL TOP                TOP