【君という花】 P11
 


 ディアッカがキラに紹介しようとすると、イザークはその顎の下に片手を当て、無理矢理閉じるように押し上げた。
舌を噛まなかったのは、一重に、こんなイザークの横暴にディアッカが慣れていたからだろう。
「余計な真似をするな、ディアッカ!名くらい自分で名乗る」
「へいへい、お坊ッ…痛ぇ!」
 余計な一言を言おうとしたディアッカの足を、すれ違いざま思いっきり力を込めて踏みつけると、イザークはスッと足を踏み出してキラの目前に立った。
 その仕草は、毅然にして、とても優雅。
一目見て、庶民ではないと分かる立ち居振る舞いであった。
 ディアッカが言おうとしたお坊ちゃま…って言葉は、あながち嘘じゃないんだ…と、イザークの動作を見ながら、キラはぼんやりと思っていた。


「イザーク・ジュールだ」 
 スッと右手を差し出したイザークをしばらくジッと見つめてから、キラはその手を握り返した。
「・・・キラ・ヤマトです」
「ああ。・・・こうして顔を合わせるのは、初めてだな?お前とは、是非、逢っておきたいと思っていた」
「・・・?」
 どうして?と、言葉より雄弁な瞳で語りながら、キラがコトリと首を傾げる。
 すると、どこからか、機械的な鳴き声と共にカシャカシャと羽ばたく音が聞こえ、目前に佇む少年の肩に緑色の機械鳥が止まった。

『トリィ!』
 彼の物だろうか?
 主人と同じように首を傾げたそのペットロボは、再び、妙な鳴き声を発する。

”・・・鳥はトリィ…なんて鳴かないだろうが…普通…”

 主従揃って首を傾げている姿は、微笑ましいというか、愛らしいというか…。
思わず、ほにゃりと顔が弛みそうな様子なのだが・・・。
 とりあえず、「ストライクのパイロット」のイメージが更に遠のいてしまったのは、言うまでもなかった。

 思わずリアクションを返し損ねてイザークが硬直したところで、ラクスの合いの手が入る。
「さあさあ、皆様。まずはお座り下さいな?お茶をでも頂きながら、ゆっくりお話いたしましょう」
 言いながら歌姫は、イザークが離したキラの右手を、そっと両手で包み込むと、自然な仕草で腕を絡め引っ張りながら、ソファへと導いた。
当然、もう片方のキラの腕にべったり張り付いていたカガリも一緒に移動して、イザーク達は取り残されてしまう。
「・・・」

”・・・別に細かいことを煩く言う気はないが…普通は客を先に案内しないか?”

 まあ、あからさまな客扱いされて居心地悪い思いをするよりはマシだし、目の前の少年はまだ療養中ということだから、先に腰掛けるのは当然かもしれない・・・と、何とか己の疑問を自己解消したイザークは、続くディアッカの言葉で行動を促された。

「何、ぼーっとしてんだよ、イザーク。ほら、あっち行こうぜ。話すんだろう?キラと」
「あ・・・ああ」
3人と2人に分かれてソファに腰掛け、どうぞ、と歌姫手ずから振る舞われた紅茶に、会釈で礼を述べつつも、イザークは目に前にいるキラから意識を逸らさなかった。
───いや、逸らすことが出来なかった、と言うのが正しい。

 いつか逢いたい、と思っていたストライクのパイロット。
だが、余りにも想像と違うその姿に、正直、戸惑いを覚えずにはいられなかった。

”まさか・・・担がれてるわけではないだろうな?”
 こんな大人数で自分を騙しても誰も得などしないし、そんな事はあり得ないのだが、そうだと言われた方がよっぽどマシな気がするのは何故だろう?
 自分はもしや、想像を大きく裏切ってひ弱にしか見えないこの人物に、落胆しているのだろうか?と自問してみるが、それも少し違う気がして、ハッキリしない己の感情に少々、苛ついた。

 まあ別に、コイツに逢って何がしたかったわけでもないのだ。
 恨み言など言うつもりもなく、また、彼が守っていた民間人のシャトルを撃ってしまった自分は、そんな事を言える立場でもないだろう。
 ただ・・・多分、そう…。きっと、自分は納得したかったのだ。
 今まで、MSというベールの中に隠れていた、あのクルーゼ隊長ですら勝てなかった世界最強のパイロットとは、一体どういう人物なのかということを・・・。

”しかし・・・逢ってなお、混乱する羽目になるとは…正直、思わなかったぞ”
 やはり、一つに重ならない、自分の中にある人物像と、目の前に座る少年。
 一体、それは何故なのか?

 見極めようとするように、イザークが尚も凝視していると、カガリの腕が目の前の人物を、すっぽりと抱き込んだ。
「・・・何だ?」
 まるで、自分から彼を隠そうとするようなその行動をイザークが咎めると、カガリはキラに顔を寄せたまま睨んできた。
「あんまり見るな!減る!言っとくけど、キラは絶対、やらないからな!私のだ。私の大事な双子の弟なんだからな!」
 何を馬鹿なコトを…と、余りに馬鹿らしくて怒る気が失せたイザークは、カガリの言葉に呆れた視線のみを返した。

”大体、そいつは物じゃないんだから、やる、やらないの問題ではないだろう?・・・というか、反対じゃないのか?普通は…”

 たとえば、キラの方が女性であるカガリを心配して、色目を使うな…と威嚇してきたならば、極めて不本意だが、理解はできる。
 だが、しかし、何故、女のカガリが男のキラに対して、そういう庇い方をするのだろうか?と、そちらの思考は極めてノーマルなイザークには、彼女の行動が理解不能だった。

”・・・もしや、アスラン辺りから、何か聞いているのか?”

 プラントのコーディネイターは、他国に比べて、恋愛面で性別をあまり意識しない。
 もちろん、男女が結ばれることが一般的だという認識はあるのだが、同性愛に対する偏見はないのだ。
 男女ともに美しい容姿を持つがゆえの弊害だと嘆く者もいなくはないが、要は、フィーリングがあえばそれでいいというのが、基本的な考え方だった。
 その辺りの事情を、カガリはアスランから聞いているから、自分に威嚇しているのだろうか?と、イザークは考えたのである。


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