【君という花】 P10
 


 何はともあれ、会う許可が出たのだ。

”初めて・・・・逢う。あの、ストライクのパイロットに・・・”

 何故か、全身に緊張が走って、不思議な感じだった。
 もちろん、感動なんかじゃない。
かといって、恨みや憎しみから来るものでもない。
 敢えて言うならば、多分、強い興味という言葉になるだろう。
───あの時、どうしても勝てなかった相手が、一体、どんなヤツなのか?

 正直、自分でも不思議なほどに、今ではもう、あの時に感じていた強い憎しみは感じていないのだ。
 だからこそ、イザークは復讐を誓って顔に残していた傷も、既に消していた。

 彼がプラントを護ってくれたから…?
 自分自身、この戦争の愚かさを、身を以て知ったから…?
 あの強い憎しみを失った理由は、きっと色々あるのだろう。
 なのに何故か、胸を焦がすような焦燥の想いだけは、全く消えようとはしなくて・・・今もずっと、胸の奥で燻っている。

 停戦して、為さねばならないことは山のようにある。
 余計な事を考えてる時間など一秒だってないはずなのに、ふとした拍子にこの想いは、胸の中で湧き上がり、自分を混乱させるのだ。
 自分でも、らしくない…と思う、こんな感情とおさらばする為にも、いつか逢おうと決めていた、ストライクのパイロット。
 こんな自分に気づいていたディアッカが、ことある事に、彼の話を聞かせようとしたけれど、それはいつも、わざと素っ気なく、時には暴力まで使って、断ってきた。
 それも、全てはこの日のためだったのだ、とイザークは思う。

───誰よりも拘ったからこそ、先入観なしで直にヤツに逢ってみたい。
 それが、イザークの望みだった。

”・・・やっと・・・それが叶う・・・”

 意を決して、踏み込んだ部屋で、まず感じたのが、毛足の長い絨毯の感触。
そして、薄いカーテンに遮られながらも、柔らかくふんだんに注ぐ、暖かな陽の光。

 物はあまり置かれていないが、穏やかで明るい色に統一されている部屋には、ここにいる人物が少しでも快く過ごせるように…という配慮が、充分に伺える。
 おてんば姫にはそぐわないイメージなので、整えたのは、おそらくラクス嬢だろう。
 彼女が、ストライクのパイロットに恋心を寄せているのでは…というのは、そういうゴシップが好きなディアッカの言だ。
 何を馬鹿なことを…とその時は思ったものだが、なるほど、心持ち足早に室内へ入り、カウチに腰掛けている人物の傍へと向かう彼女の後ろ姿を見れば、イザークもその言葉に納得するしかなかった。
 同時に、金色の風が自分を押しのけるようにして、横をすり抜けていったのには、少々、気分を害したのだが・・・。

”・・・まったく、躾がなっていないぞ?あの女は…”
 カガリのさっぱりした感じはとても好感が持てるが、女としては少々、がさつすぎる。
・・・というか、ハッキリ言って、女には見えない。
いや、むしろ、とても男らしいと、評価したいくらいだ。
 この国はこんなことで大丈夫か?といらぬ心配をしつつイザークが視線を前方に戻すと、2人の少女に両脇から手を添えられた少年が、窓の傍にあるカウチから立ち上がって振り向くところだった。

「───ッ!」

”なっ!…これが、ストライクのパイロット…だと!?”
 パクパクと、イザークは彼らしくないマヌケな顔で、声もなく口を閉じたり開いたりした。

 ほっそりとした…という形容詞が当てはまるほど、見るからに華奢なその少年は、どこをどう見てもパイロットなんかには見えない。
 サラリと、動きに合わせて揺れる、細く柔らかそうな亜麻色の髪。
 小さめの顔には、各パーツが絶妙のバランスで配置されている。
甘く穏やかで無垢なイメージを抱かせる、美しい貌だ。
 かつて同僚だったニコルに近いイメージだが、ニコルの場合は、幼さが目立っていたというだけで、目の前の彼とは微妙に違う。
 イザークは、これほどに中世的なイメージを持つ男に、生まれて初めて逢ったと、衝撃を受けていた。

「よう、キラ。久しぶり!…羨ましいねぇ、お前。両手に花じゃん」
 軽く手をあげて挨拶した後、ディアッカがキラの現状を指さしてそう言うと、目の前の中世的な美貌が、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。
まるで花が綻ぶような、愛らしいとしか表現のしようがない、微笑みだ。
それにすらイザークは驚きに声が出ず、そして、不思議な胸の高鳴りを覚えていた。

「久しぶりだね?ディアッカ。ミリィに会いに来たの?」

 声も、男にしては少し高い。
 ニコルのように幼いから…というわけではなく、彼のそれは、変声期を既に終えていると分かるもの。
だが、信じられないほど、甘く優しく心地よく、耳に響くのだ。
 舌足らずな感じのゆっくりな口調が、不思議と人の心を和ませる。
どこか、あの歌姫が持つ癒しの歌声にも通じる、穏やかさだった。
この声にゆっくりと諭されたりしたら、どんなに怒っていても、その怒りを持続させるのは難しいだろう。

「そうだ…って言いたいとこなんだけど、仕事なんだよなぁ〜。俺はコイツの付き添い。もちろん、時間あればミリィにも逢いたいって思って来たんだけどな!」
 コイツと言いながら、ディアッカが親指で示した人物へ、キラはゆっくりと視線を移した。

───その瞬間、蒼と紫の瞳が、初めて交錯する。

 数ヶ月後には、互いにその瞳に深い愛情を乗せて見つめ合うことになろうとは、この時の2人は知る由もなかった。


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