【『切ない』ということ】 P8 (涼X拓)
部屋の前で1度、深呼吸すると、涼介は扉を開けた。
啓介の話では、拓海は眠っているらしいので、ノックはしない。
ドアを開けて、部屋へ1歩足を踏み入れて、すぐに涼介の動きが止まった。
拓海がベッドの上で体を起こしてドアの方を・・・いや、涼介を、じっと見つめていたからだ。
足を止めた涼介も、じっと拓海を見つめ返した。窓から差し込む、淡い月明かりの中で2人はしばらく見つめ合っていた。
拓海には先程までの怯えた様子も見えない。
その事に勇気づけられて、涼介は引き寄せられるように拓海に近づいて行く。
すぐ側まで来て、そっと拓海へ手を延ばすと、指先が届く前に拓海がビクリと震えた。
ギュッと目を瞑って体を小さく縮めてしまう。
その仕草に、また涼介の胸がひどく痛んだ。
やはり触れてはいけないのか…一瞬だけそう考えたが、それでも涼介はそっと拓海の髪に指を伸ばす。
いつもよりも慎重に、指先だけそっと触れた。
柔らかいその感触は、触れたくて仕方がなかったモノで・・・
胸にわき上がる喜びはどうしようもなくて、抱きしめたい衝動を懸命に堪えた。
拓海は怯えてはいけないと思っていたのに、いざ涼介を目の前にすると、震える自分を不甲斐ないと思った。悔しくて、俯いたままぐっと唇を噛みしめる。
───そっと・・・涼介の指が拓海の髪に触れる。
その感触の優しさに、拓海はゆっくりと顔を上げた。
上から自分を見下ろす涼介を、大きな瞳で真っ直ぐに見つめた。
辛そうに眉を寄せて、それでも微笑みながら、涼介は自分を見つめていた。
その瞳には、先程までの狂気は無くて・・・
・・・いつもの・・・涼介さんだ
ほっとしたように、拓海はそんな事を思った。
拓海の肩から力が抜けるのを見て取って、涼介はそっと顔を拓海の耳元へ寄せた。
「・・・すまなかった。」
どうやって謝ろうと、考えて、考えたのに・・・結局言えたのはこんな1言で、内心涼介は苦笑した。
肝心な所で自分の頭なんて何の役にも立たないのだから。
涼介のその言葉は、ストンと拓海の心に入り込んできた。
胸の中の氷の固まりが溶けるように、温もりが蘇る。
拓海の瞳から、無意識に一筋の涙がこぼれ落ちた。
その涙を、涼介は誤解した。
「・・・すまない・・・もう触れないから・・」
これで最後だから…そう囁いて、涼介は拓海の頭を両手で囲うように抱き締めると、すぐに腕を放した。そっと体も離して、拓海から離れていく。
拓海は呆然とした。───今、涼介は何と言った?
・・・コレデ最後ダカラ・・・
脳裏にその言葉が蘇った瞬間、拓海は頭の中でぶちっと何かが切れる音を聞いた。
離れていく涼介に、今度は拓海が手を延ばした。がしっとその手を掴んでしまう。
驚いて振り返った涼介の左頬に、バシッと、又しても拓海のビンタが炸裂した。
「・・・拓海?」
頬を抑えるのも忘れて、涼介はそれこそハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。
拓海は無言で涼介を睨んでいる。
でも、その表情は何だか泣くのを我慢してるようにも見えた。
「拓海?」
もう1度、涼介が呼びかけると、
「・・・涼介さんは・・・ズルイです!」
吐き捨てるように、拓海はそう言った。
言葉と一緒に涙も出てきて、拓海はすぐに俯いてしまう。
「あんな事して・・・こんな風に謝って・・・それで最後ってどーいう事ですか?」
ああ、何言ってんだ、オレ・・・
そう思ったけど、出てくる言葉も涙も拓海には止められなかった。
「それって、もう会わないって事?もう触れないって事?・・・どーしてっ・・・」
こんな風に泣きながらワケわかんない事言って・・・きっと涼介が困っていると思ったけれど、やっぱり止められなかった。
「拓海・・・」
「オレのことなんて・・・もう嫌いなんですか?だから、そんなコトっ・・・」
涙を止められないまま、拓海は揺れる瞳で涼介の目を見つめた。
涼介の真意が知りたかった。
「一言の相談もしてくれないでっ・・・最後だなんて・・・」
涙を止めたくて、拓海は歯を食いしばる。
こんな時に、こんな風に泣くなんて……ズルイのは自分の方だ。
でも・・・どうしても止められなくて。
「どうしてっ・・・どうして涼介さんはいつも1人で決めちゃうんですかっ!」
拓海は最後に叫ぶようにそう言って、口を閉じた。
涼介は・・・というと、バカみたいに拓海の名前しか言えなかった。
それぐらい驚いていた。
黙ってしまった拓海が、泣くのを堪えるように目を瞑って俯いた。
でも、そこからまた新たな涙がこぼれ落ちてしまう。
その様子を見て、涼介はホントに自分はバカだと思った。
───傷つけたくない。泣かせたくない。守りたい。
誰よりもそう思っていたはずの拓海を、今、泣かせているのは自分なのだから。
涼介はそっと拓海の頬に手を触れた。顔を上げさせようと力を入れると、拓海はイヤイヤと首を横に振って逃れてしまう。
───それでも強引に顔を上げさせて、涼介は拓海の目元へキスと落とした。
もう片方も同様に慰めるようにキスを落としその涙を拭うと、眉間、頬、口角へと移動して最後に軽く唇に触れた。
拓海はポカンと涼介を見つめた。涙はもう止まっていた。
そんな拓海に微笑んで、涼介はもう1度、ちゅっと音を立てて唇にキスをした。
「りょ・・・すけさん?」
「ごめん。・・・ホントに俺はバカだな。拓海がそんな風に思ってるなんて・・・
知らなかったんだ。」
苦笑して、涼介は拓海を抱き締めた。今度は強い力で。
「ごめん、拓海。・・・好きだ。・・・俺は誰よりも・・・拓海の事が好きだよ。」
涼介は拓海の耳元で切なげにそう囁いた。
<< BACK NEXT
>>
|